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スプリングバンク蒸溜所まとめー香味・由来化学成分・設備・工程

スプリングバンク蒸留所の伝説的ボトル解説

Springbank 12年 100プルーフ (1980年代前半)

項目内容
ボトル名Springbank 12年 100プルーフ(Samaroli輸入, OB)
熟成年数12年
蒸留年代1960年代末~1970年代初頭
瓶詰年代1980年代前半(推定1980–83年)
度数57.1%(100 Proof 英式)
容量750mL(75cl)
熟成樽シェリー樽(裏ラベルに “Matured in Sherry Wood” の記載)
製麦方法自社フロアモルティング
発酵時間約110時間(木製発酵槽)
蒸留方式2回半蒸留(直火加熱、ワームタブ冷却含む)
ピートレベル12〜15 ppm(ライトピート)
カットタイミング比較的遅め(フェノール成分保持)
色調深みのあるアンバー
主香味蜜蝋、プロポリス、黄系果実、バナナフランベ、ココナッツ、モカ、ソーテルヌ古酒
味わいの主軸ジャム、柑橘皮、スパイス、ナッツ、軽いピート、ハーブ
後熟香ポートワイン、ビーフ、バルサミコ、清酒
評価Serge Valentin:98点(グラン・クリュ級)

【スコア】100 pts (採点時点での個人的No.1ボトル)


遂にこのボトルのテイスティングノートを上げることにしました。

前置き長くなると思います、しかも極論的です。。。すみません。


史上最強のシングルモルトウイスキーを挙げろと言われたら、必ずその筆頭に名を連ねる、名実ともにナンバーワンボトルであります。

私はサマローリのボトルに何度も何度も感動させてもらいました。こういった情報や経験が素直に至福につながるなら、大いに結構ではないかと。内容は素晴らしく、その期待に十二分に応えるものでありました。


【ファースト】:卒倒 濃い琥珀 光を透過させるとはっきりと周囲が赤みを帯びる 杏(+) 巨峰(+) スミレの香り(++) イチゴジャム(++) ブルーベリー(++) 奥から軽く練乳  開栓初期にははっきりとヨーグルト、粉ミルク、乳酸があるものの後期には抜けてしまっていた  イチジクの丸煮の甘い香り(++) オイリーさは松ヤニが小さい塊の様に複数存在していて、スミレ、巨峰の香りとあいまってザクロ 上質なジャックローズ(カクテル) シェリー由来の重さは確かにヘヴィーであるものの決して行きすぎていない、最重量級の9割ぐらいか  時間を経ると素晴らしく燻製された麦の層と干し草の層が現れる この時の果実感はオレンジから柿  さらに経過するとレモンのムース様に変化する

【ミドル】:ボディはボトムに厚みがある エッジの輪郭が決してピッタリ重なっているわけではなく、ごくごくわずかに重複していることが判別できるために、それがむしろエッジを上手くぼやかしていて上品、高貴な印象をもたらしているように感じる   時間が経過すると粘性がクリーミーさを若干帯びてシルキーに   フレーバーとして杏、甘草様のオイリーさとイチゴジャム、ブルーベリー、ヨーグルト、芯の部分に燻製された麦と干した麦が融合している  何度も飲むうちに決して2つの出発点ではなくもっと多くの出発点から爆発的に盛り上がり始めることに気づく  口に含み嚥下する間に一瞬あれ?と思うと呼応する様に隆起が始まる  静かなブドウと麦、オイリーさが中心に感じられる層と、時間差を持って俄然パワフルに爆発する麦の層がそれぞれに存在するはずと感じるのだが、決してそのレイヤーは分離していない( きっと甘草様のオイリーさと酸味が上手く作用している ) 軽いスミレの香りと松の静粛さを感じさせる高分子ポリマー(ヤニ・樹脂) きっとこれがボディのエッジに粘性を与えている正体か

【フィニッシュ】:ここにきて若々しい返りが怒涛の様に炸裂する(++)  しかしそれはエッジが立っている様なことはなく、高貴なシェリー由来のフレーバーを纏ったアルコール感が上から覆いかぶさり、押さえつけている様に感じる   鼻抜けは究極の至福(+++) 巨峰の後味、ザクロの粒感、濃厚なジャックローズ  アルコール感の芯が素晴らしく太い  粒の細かいソーダ感   松の崇高さを感じさせる樹脂と深みのあるレザーに、草の様な植物感にプラスしてイチゴの種、オレンジというには酸味の足りない、銀杏ほど渋くない、なんらかの実のようなフレーバーが現れる(これは今までにウイスキーを飲んで感じたことがない要素だ)   余韻でオイリーさと麦感がアーモンドの皮のよう  鋭くない唐辛子  カモミール 生姜のような 温冷真逆な生薬が同居している


昨年11月に開栓し、イベントを含め様々なシチュエーションで何回もテイスティングを行ってきました。

分かったことは、当たり前なことかもしれませんが、熟成年数の違いか、ヴァッテイングによってキャラクターの異なるものが、極めて崇高にマリアージュされていること。そしてオイリーさというか樹脂というか、粘性のある成分がそれらをつなぎ合わせていて、近すぎず遠すぎず、ぴったり重なることもなく、極々わずかなズレを補正していて、強度のある要素には、重さやむしろ真逆の成分が支えとなり、奥ゆかしく奥深く複雑さを増す方向性で働いているように感じられます。

決して打ち消すことなく、分離しては捉えきれない。でも全くヒントがないわけではなく、回数を重ねて時間をかけて向かい合っていくと、最終的には想像通りの展開が現れてくれるようになるというべきか、距離感として絶妙です。

アルコール感についても、フレーバーを纏わない、ある意味ホワイトスピリッツのような鋭い要素は皆無で、完全にウイスキーとして成熟していると思いました。

ボトリング後にボンボンのような役割でわずかに少しずつ成分が落ち着いていって、テクスチャに丸みを帯びさせていった効果もあったのだと考えます。

開栓後は乳酸、ヨーグルトの要素が時間の経過で現れ、全体的にも複雑性が高かったですが、開栓から1ヶ月で乳酸系の要素は飛んだのか変化したのか感じられなくなり、2ヶ月経過後からは全体の輪郭、甘さ、アルコール感が判別しやすくなり、複雑性と奥行きの面では低下、それでいながらシェリー由来の成分の酸化物重量によるためか一時重さも増したように感じました。

重さが増してもそれぞれの成分が融合したというべきかフレーバー種類としてはどんどん”間引き”されていった感じです。最終的にはその時点で同一ボトルへの経験が増したために把握できたのか、要素が減ったからわかりやすくなったのか、全体的な像が理解できた気持ちになります。

全体的に非常に複雑。でも何度も飲むうちにそれぞれの要素が決して足を引っ張っていないと思えてきます。

これまで飲んできたウイスキーの「良い記憶」が、複雑なフレーバーの各要素に呼応して湧き出てきます。

あらゆる意味で至福。

現時点で明確に、自分にとっても史上第1位・シングルモルト・ウイスキーとなりました。


香味特徴:  深みのあるアンバー色。香りは蜂蜜の巣や蜜蝋を思わせるワクシーな甘さに満ち、プロポリスや古い書物の紙のニュアンスが広がります。次第に黄系果実のジャム(ミラベルプラムやマルメロのゼリー)のようなフルーティーさが現れ、非常に力強くボリューム感のある香りです 。時間経過とともにスモーキーさとモカのトーンが顔を出し、さらにバナナフランベやココナッツ(まるでマリブリキュールのような南国調)も感じられます 。熟成シェリーワインや高級赤ワイン(古いポムロール)のような濃厚な葡萄の香味も重なり、チコリやパイナップルリキュール、古いマスカットワインのニュアンスまで次々と現れる複雑極まる香りです 。グラスに注いで90分ほど経過させると、香りは極上のソーテルヌ古酒にも似てきて、レーズンやマルメロゼリー、古いラム酒のような甘美な芳香へと変化しました 。味わいはボトルで20年以上眠ってなお非常にパワフルで、あらゆるジャム(オレンジマーマレード、金柑の砂糖漬け)の凝縮、豊かなスパイスとナッツ、ピート由来のかすかな煙、ハーブが渾然一体となります 。濃厚でパンチがあり、まさに「驚異的(S-T-U-N-N-I-N-G)」な味わい 。開栓後時間をおいて再度口に含むと、古いポートワインやグリルしたビーフ、バルサミコ酢、清酒に通じる風味まで感じられ、まさに「香味の完全なカタログ」と評される圧巻の体験です 。評論家セルジュ氏は「グラン・クリュ」に喩えてこの酒を称賛し、98点という当時の記録的高得点を付けています 。

製造背景:  このボトルは1980年代前半にイタリアの名インポーターであるサマローリ社向けにボトリングされた12年熟成のキャンベルタウンシングルモルトです 。蒸留所の所有者J&Aミッチェル社によるオフィシャルボトルで、本数はわずか2,400本と非常に希少です 。中身は1960年代末~70年代初頭に蒸留された原酒で、シェリー樽で熟成されたと伝えられています 。スプリングバンク蒸留所は原料の処理からボトリングまで全工程を敷地内で行うことで有名で 、当時も伝統的なフロアモルティングで大麦を製麦し、自家製麦芽のみで仕込んでいました。12~15ppm程度に軽くピートを焚いて乾燥させた麦芽を使用するため、酒質には穏やかなピート香が含まれます 。発酵は木製の発酵槽で約110時間に及び、フルーティーなエステル類や高級アルコールを豊富に生成します 。蒸留は独特で、**2回半蒸留(2.5回蒸留)と呼ばれる方式です。一回目の初留を経て得られたローワインの一部は二回目の再留釜へ送られ、残りは直接三回目の精留釜へ送られるため「2回半」と表現されます 。この手法により中程度の重さとオイリーさを持つスピリッツが得られ、フルーティーな発酵香とピーティーさのバランスが取れた新酒になります。初留釜は直火加熱され 、銅製スピリットセーフで厳密にヘッド・ハート・テールのカットが管理されます。カットポイントもピート香味に影響し、遅めに切ればフェノール類が多く新酒に残ります 。スプリングバンクでは比較的遅めのカットで適度にピート由来成分を残しつつ、熟成に耐えうるコクのある中留を得ています。また新酒の度数は68~71%程度と高めで、加水せず約57.1%**のカスクストレングスでボトリングされました 。天然色でノンチルフィルターです。

成分分析: 本ボトルのような1960年代蒸留・シェリー樽熟成モルトの特徴として、発酵由来のエステル類と熟成由来の重厚成分の両方が高濃度で含まれる点が挙げられます。例えばエタノールと酢酸から生成する酢酸エチルは熟成0年で148 mg/Lでしたが6年で523 mg/Lに増加することが報告されており 、12年やそれ以上ではさらに高いエステル濃度が期待されます。一方で新酒に含まれる不快臭の原因となるジメチルスルフィド(DMS)など硫黄化合物は、樽内熟成によって劇的に減少します。DMSは未熟成で446 µg/Lだったものが3年で29 µg/L、6年で検出限界近くまで減少し 、同様にジメチルジスルフィド(DMDS)も3年で約17%まで激減しています 。これは木桶内でタンニン由来の過酸化水素が硫化物を酸化・除去するためと考えられています 。熟成中に生成するアセタール類(例:アセトアルデヒドとエタノールから生成するジエチルアセタール)は果実様の心地よい香りを与えますが、0~6年で約2.6倍に増加することが確認されています 。一方、発酵由来の酢酸イソアミル(バナナ香の主成分)は熟成中に一旦3年頃に最大となり、その後加水分解や他成分との反応で減少する例も報告されています 。このように、長期熟成モルトではエステル類は一部減衰しつつも総量としては高く維持され、そこに木質由来成分(バニリンによるバニラ香、オークラクトンによるココナッツ香、フェノールアルデヒド類によるスパイシー香など)が大量に溶出してきます 。本ボトルの卓越した蜂蜜・フルーツ香やワックス香は発酵由来のエステル・高級アルコール類、シェリー樽起源のラクトン類が寄与し、微かなスモーキーさはピート由来フェノール(グアイアコール等)が由来と考えられます。実際スプリングバンクのフェノールレベルは麦芽では約8~12 ppmですが、蒸留を経て新酒中ではその半分以下(~3–5 ppm)になり、さらに長期熟成で緩やかに減衰します 。経験的にも長熟のスプリングバンクではピート煙成分はほとんど痕跡的で、代わりに熟成由来のリッチな旨味と甘みが前面に出ます 。この12年100プルーフは中熟成ながら新旧の香味成分がバランスよく凝縮されており、エステリーな果実甘味とピーティーなニュアンス、シェリーオーク由来の円熟味が見事に同居しています。

ボトル仕様:  57.1% (100英語プルーフ)のカスクストレングスでボトリング。【容量】750 mL (75cl)。【蒸留年】おそらく1960年代末頃。【熟成樽】シェリー樽 (ボトル裏ラベルに “Matured in Sherry Wood” の記載あり) 。【瓶詰年】1980年代前半 (推定1980-1983年)。ボトルデザインはスプリングバンクの象徴である金色のアザミ紋様とゴシック体の「S」ロゴがあしらわれた質素なもので、一見すると地味ですが背面ラベルに大きくサマローリの名が記されています。

出典: 「Whiskyfun」よりテイスティングノート 、MacNamara et al.「熟成中の香味成分変化」に関する分析研究 、Whiskipedia「Phenols」よりピートフェノールと熟成の関係 他。


項目内容
ボトル名Springbank 1966 シェリーカスク #441(West Highland Malt)
熟成年数24年
蒸留年代1966年1月
瓶詰年代1990年6月
度数60.7%
容量750mL
熟成樽シェリーバット(単一樽)
製麦方法自社フロアモルティング
発酵時間約110時間(木製発酵槽)
蒸留方式2回半蒸留(直火・ワームタブ)
ピートレベル10〜12 ppm(ライトピート)
カットタイミング遅め(フェノール保持)
色調濃いマホガニー
主香味黒蜜、干し葡萄、古革、ビターチョコ、薬草酒、スパイス
味わいの主軸チョコレート、エスプレッソ、ナッツ、リコリス
後熟香葉巻、革製品、濃厚な赤ワイン、ミネラル感
評価Serge Valentin:93点

Springbank 1966 Sherry Cask #441 (Local Barley, 24年熟成)

特に日本ではウエストハイランド名で有名。

香味特徴:  マホガニー色の濃厚な液色。ボトルを開けた直後の香りは閉鎖的で「厳格(austere)」な印象すらあります 。アルコール度数60.7%という高い度数が香りをブロックしているようで、最初はかすかに金属磨き剤や革、パセリのような青っぽいハーブ香が感じられる程度でした 。しかし時間とともに香りが開き始め、ビーフジャーキーやバルサミコ酢の濃厚で旨味ある香りが立ち上がってきます 。数滴の加水をすると劇的に香りが展開し、アニスやディル、カルダモン、コリアンダーシードといったスパイスハーブの奔流と共に、さらに強いバルサミコ様の酸甘い香気が広がりました 。まるで古いシェリーヴィネガーを嗅いでいるかのような深い香りで、極めて個性的です。口に含むと、カスク#443の姉妹樽よりもやや軽めとはいえ、それでもなお圧倒的にリッチで力強い液体です 。ビターチョコやリコリスを思わせるコク、咳止めシロップのようなハーバルな甘苦さが感じられ、複雑さでは僅かに443に劣るものの途方もない深みを備えています 。加水後はジャムのように濃厚なドライフルーツの甘みが前面に出て、シェリーの影響由来のリッチな風味が強調されました 。フィニッシュは果てしなく長く、ジャムやレーズン、スパイスが延々と舌に残り、他のモルトを続けてテイスティングするのが不可能に思えるほど口中を支配します 。総評として、テイスターは「非常に高い水準だが、もし先に443を飲んでいなければあと1~2点高い評価を付けていたかもしれない」と述べ、93点という高得点を与えています 。

製造背景:  スプリングバンク蒸留所が1960年代に試験的に行った「ローカルバーレイ」プロジェクトによるシングルカスクの一つです。原料の大麦を蒸留所から半径8マイル以内の地元キャンベルタウン産で賄い(品種等は非公開)、1966年1月に蒸留されました 。当時のスプリングバンクは現在同様、自社床での製麦と軽いピート乾燥(およそ10ppm前後)を行っており、発酵・蒸留プロセスも上述の12年100プルーフと同じです(2.5回蒸留、直火加熱初留釜、凝縮経路はワームタブ使用)。#441はシェリーの単一樽(シェリーバット)で24年間熟成され 、1990年6月にカスクストレングス(60.7%)でボトリングされました 。瓶詰本数は不明ですが750mL仕様でアメリカ向けにも出荷された記録があります 。スプリングバンク蒸留所のオフィシャルボトルとして販売され、木箱には大きく赤字で「Springbank 1966」と刻印されています(上記写真参照)。ラベルには「12 Wet-Holidayed Scotch Malt Whisky Distilled 1966 Barley from our own malting floor」(自社モルティングフロアの大麦使用)等の文言があり、ローカルバーレイであることが強調されています。

成分分析:  このボトルはヘビーピーテッドなアイラモルトのような煙臭は持ちません。ピート由来フェノール類は長期熟成で著しく減衰するためで、ラフロイグなどでも10年が非常に薬品臭くとも25年では驚くほど穏やかになることが知られています 。本24年熟成においてもフェノール類はごく低濃度で、わずかな土っぽいスモーク香は4-エチルグアイアコール等が肉のような旨味を伴うスモーキーさを付与している程度でしょう 。香味の主体はシェリーオーク起源です。長期間の樽熟成でリグニン由来の芳香族化合物(バニリン、シリンガアルデヒド等)が大量に溶出し、バニラ、古い皮革、古書の紙の香りをもたらします。また揮発酸(酢酸、吉草酸など)も木中で酸化生成し、それらがエタノールとエステル化してエチルアセテート(青リンゴ香)、酢酸ブチル(パイナップル香)等を継続的に生成します 。もっとも、発酵由来の低分子エステル(酢酸イソアミル等)は既に消耗・反応し尽くして少なく、代わりに高分子量のエチルサクシネート(ワイン様香)やエチルラクトート(ホエイ様の柔らかな甘酸っぱい香り)の比率が高まっていると推測されます 。さらにシェリー樽特有のポリフェノールや糖化生成物が酸化重合して生じる、いわゆるシェリーレーズン香が全体を支配します。分析的には、ワイン研究において長熟ウイスキーほどフェノール性アルデヒド(バニリンなど)やラクトン類が増加することが確認されており 、本ボトルでもその傾向が極限まで進んでいるでしょう。実際テイスティングノートでもココアやトリュフ、タバコのような木由来ブーケが数多く指摘されています。総じて、成分組成は非常に重厚で揮発性が低く、香味の持続性が極めて高いモルトと言えます。

ボトル仕様:  60.7% ABV、750 mL、キャンベルタウン産ローカル大麦使用。1966年1月蒸留-1990年6月瓶詰(24年熟成) 。シェリーバット由来の濃い琥珀色で、ノンチルフィルター。蒸留所オフィシャルの木箱入り(前掲写真)。本数不明(推定500本未満)。姉妹カスクの#443と共に「キャンベルタウンの至宝」と称され、ボトルはコレクター市場で高額取引されています 。

出典: Whiskyfunテイスティングレポート 、Whisky.Auction製品説明 、Whiskipedia(Phenols解説) ほか。



項目内容
ボトル名Springbank 1966 ローカルバーレイ #443
熟成年数24年
蒸留年代1966年1月
瓶詰年代1990年6月
度数58.1%
容量750mL
熟成樽シェリーバット(単一樽)
製麦方法自社フロアモルティング
発酵時間約110時間(木製発酵槽)
蒸留方式2回半蒸留(直火・ワームタブ)
ピートレベル10〜12 ppm(ライトピート)
カットタイミング遅め(フェノール保持)
色調赤みがかったマホガニー
主香味蜜蝋、焼き栗、トリュフ、古紙、パセリ、タバコ、黒トリュフ
味わいの主軸蜂蜜、ジャム、ブイヨン、スパイス、煙香
後熟香古い図書館、パイプ煙草、茸の旨味、ココア
評価Serge Valentin:96点

Springbank 1966 Local Barley Cask #443 (シェリー樽, 24年熟成)

香味特徴:  同じく1966年蒸留・1990年ボトリングのローカルバーレイシェリー単一樽です。アルコール度数58.1% 。色は赤みを帯びたマホガニー。グラスに注ぐと「ワッハッハ!」と思わず声が漏れるほど豪奢な香りが立ちます 。古い蜜蝋やミツロウ、オレンジリキュール、革用ポリッシュ、石炭の煙、ミルクチョコ、焼き栗──考え得る限りの古典的シェリー香がこれでもかと一堂に会した芳香です 。さらにわずかにエンジンオイルや金属磨き粉のような機械的ニュアンス、ビーフブイヨンの旨味、パセリや古書、トフィーの香りまで感じ取れ、途轍もない複雑さ。「強烈だが攻撃的ではなく」、10分ほどで真に卓越した香りに昇華しました 。少量加水するとモリーユ茸や黒トリュフ、古風なパイプ煙草の芳香が弾け出し、テイスターが「反モルトポルノ局(=あまりの香りの官能性に思わず頬が緩むのを取り締まる架空の機関)を呼んでくれ!」と冗談を飛ばす程でした 。味わいは、加水前でも思わずヨーデル歌唱してしまうと言わしめた圧倒的リッチさと粘性を備え、「蜂蜜のように濃密」で「世界のあらゆる味を内包する」かのような重厚な旨味が広がります 。加水すれば「このウイスキーと私だけの秘密にさせてほしい」と語られるほど昇華し 、フィニッシュも同様に筆舌に尽くし難い至高の体験となります 。瓶開封直後はややオロロソシェリー由来の硫黄的な重さを感じたものの、ボトルを開けて2か月ほど経つと魔法のように開き「まさにワッハッハ!」となったと報告されています 。テイスターは「これはもはやウイスキーではない、ひとつの芸術作品だ」とまで述べ、96点を献上しました 。

製造背景:  #441と同時期・同条件で造られた姉妹カスクです。1966年1月蒸留、1990年6月瓶詰め 。カスクナンバーは#443、24年間極上のシェリーバットで熟成されました 。瓶詰時の度数は58.1%で本来のカスクストレングスです 。ローカルバーレイ物は当時「West Highland Malt」と銘打たれ、“Pre-Local Barley”とも称されました 。本3樽(#441, #442, #443)は総じて厚みのある暗褐色シェリー液で、まさしく「ブラックボウモアに匹敵する品質とフレーバーの凝縮感」を持つと評価されています 。いずれもシングルカスクゆえ稀少で、公開オークションでも滅多に見かけません 。スプリングバンク蒸留所の中でも史上最高峰の表現の一つであり、後年の復刻ローカルバーレイ(2016年~)シリーズの伝説的な源流となりました。

成分分析:  フェノール類やエステル類の挙動は#441と同様であるため、ここでは官能特性との関連に焦点を当てます。#443の卓越したフルボディと旨味は、高級脂肪酸エチルエステル(オレイン酸エチル等)の関与が示唆されます。長期熟成で増加するエチルラクトートやエチルサクシネートは味に厚みを与え、だし醤油やブイヨンのような旨味を醸し出すことが知られます 。一方でトリュフや茸様の香りは、微量成分の相互作用や熟成に伴うメイラード反応生成物が関与している可能性があります。フェノール系では4-エチルグアイアコールが持つスモーキーかつ肉っぽい香気 と、4-ビニルグアイアコール由来のクローブ様スパイス香 が感じ取られました。加えて樽由来のユーゲノール(丁香油成分)はシナモンやクローブ様のアクセントとなり、パイプ煙草の甘いスパイシーさに繋がったと考えられます 。古い蜂蜜様の甘い芳香は、長期熟成で形成されるフラノン類やベンズアルデヒド(杏仁様香)が影響しているかもしれません。総じて#443は樽と酒質のポテンシャルを極限まで引き出した究極のバランスを備え、香味成分の相乗効果によって「単なるウイスキーの域を超えた芸術」と評されるに至っています 。

ボトル仕様:  58.1% ABV、750 mL、キャンベルタウン産大麦使用。1966年1月蒸留-1990年6月瓶詰め(24年熟成)。シェリー樽由来の極濃色。姉妹の#441・#442と合わせ**ホーリーグレイル(聖杯)**とも称される伝説的ボトル 。箱・ラベルは#441と共通デザイン(上写真参照)。市場では非常に稀少で、オークション落札例では£6,000台後半~£7,000超を記録しています 。

出典: Whiskyfunテイスティングレポート 、The Whisky Exchange 商品説明 、Whiskipedia「Peat & whisky」 他。


Springbank蒸留所『Local Barley Cask #493』徹底分析

@とぅーる

【スコア】100pt
【開栓後】1ヶ月
【残量】60%

【香り】
上質なタンニン鞣しの革を思わせる芳しいレザー感。樽香は露骨ではなく蜂蜜やカラメルの甘さをまとっている。ミード。キノコ。シナモンとミント。ブラックベリージャム。ナッツ。オレンジピール。沸き立つ香りに圧倒される。 香りの強さの桁が違います。

【味わい】
バタークッキーなようなゴージャスな麦の甘み。フレッシュなイチジク。蜂蜜。ベリージャム。烏龍茶,薄っすらと松脂や杉の香り。タイムとクローブ。塩は感じない。ボディはしっかりしていて,芳醇。

【総評】
モルトの香水の意味がスッと腹に落ちる一杯。グラスから爆発的に立ち上る芳香の嵐。とにかくニヤニヤしてしまう。あまりに美味しい料理を前にして言葉を失う感覚,まさにあれです。奇跡のボトル。文句のつけようがありません。極まっています。

私がテイスティングする際には,まず香り全体としてのファーストインプレッション(素晴らしいとか,好みでないとか,そんな単純な直感レベル)をキーに,「何故そう感じるのか」を解き明かすべく,細かな要素を拾っていくようなやり方をすることが多いです。しかし,このモルトについては「なにこれ,凄い!美味すぎる・・・」とニヤニヤするばかりで,要素を拾うことなどしばらく忘れていました。本当に琴線に触れるモルトはロジックを吹き飛ばしますね。感嘆の一言。

このボトル,実は2杯頂いたにも関わらずニヤニヤし過ぎて要素を拾いきれていなかったり。お恥ずかしい。しかしながら,分析的に飲むのではなく何も考えずに味わうのも,楽しむという意味では有りだと思っています。

いやぁ,これはボトルが欲しいです。全財産持って発売当時に戻りたい。今でも手に入れる機会はありますが,価格的には払っても惜しくないものの,フェイクが怖くて中々思いきれません。いつかボトルを抱えて,抜栓後の変化を含めて味わい尽くしたいものです。


香味特性(フレーバープロファイル)

1966年蒸留の「Local Barley」シリーズは、専門家からも「桁外れの鮮烈さと凝縮感を備えた」最高峰のスプリングバンクと評されるビンテージです 。中でもシングルカスク#493は、香り立ちからフィニッシュまで圧倒的に複雑で、「魅惑的」と表現されるほど完成度の高いフレーバープロファイルを示します 。グラスに注ぎ立てのトップノートには、青リンゴや洋ナシなどのみずみずしい青い果実、南国のシロップを思わせる濃厚な甘い果実香が弾けます 。同時に、潮風を含んだようなミネラル感(濡れた小石や海藻を連想させるニュアンス)やサンダルウッドのウッディな香りが下支えし、遠くにピート由来の穏やかなスモークと薬品のようなアクセントも感じ取れます 。これらが重なり合い、香りの第一印象だけでも極めて多彩です。

時間の経過や加水によってさらに芳香の層が開き、ドライフルーツや樹脂系の深い香りが現れます。例えばグラス内で空気に触れると、イチジクやデーツといった凝縮した果実の甘み、古い革製品や葉巻たばこのような熟成香が立ち上がり、わずかに樟脳を思わせる清涼感が漂ってきます 。一滴の加水で香りは一層複雑になり、蜂蜜たっぷりの焼き菓子(ショートブレッド)やトフィーのような甘いトーンに加え、熟成シェリーや古いコニャックを思わせる重厚なニュアンスも顔を出します 。やがて熟成由来の旨味のある香り(熟成肉や乾燥ハム、ほのかに味噌汁のような発酵食品のニュアンス)さえ感じられ 、時間とともに香りの表情がめまぐるしく変化します。

口に含むと、まず非常に厚みのある味わいが広がります。熟した洋ナシや黄桃のシロップ漬け、シトラスピールなど明るいフルーツの濃縮感に、蜂蜜やヘザー(エリカ)の花のリッチな甘みが絡み合います 。同時にスプリングバンク特有のワクシー(ろう質)でオイリーな質感が舌に感じられ、オレンジマーマレードやリコリス(甘草)のようなビター&ハーバルな要素も現れます 。微かに感じられる塩気やナッツのコクが味わいに奥行きを与え、後半には焚き火の煙を思わせるピーティーさと薬草系のほろ苦さが顔を出してきます 。口中でゆっくり転がすと、まるで出汁のような旨味や心地よい苦味が幾重にも重なり、甘味・酸味・苦味・塩味・旨味の要素がバランス良く融合します。

フィニッシュ(余韻)は極めて長く、まさに「いつまでも続く」かのようです 。飲み込んだ後も、メントールを含んだハーブの涼感、松ヤニやオーク由来の樹脂っぽいコク、黒糖やモラセスのような甘苦さが次第に舌に染み込みます 。さらに微かなスモーキーさやスパイシーな胡椒の刺激が喉の奥に残り、最後まで力強さとエレガンスを兼ね備えた余韻を楽しめます 。幾層にも折り重なったフレーバーが途切れることなく展開し、テイスティングを通じて香味の表情が変化し続ける様は圧巻です。その複雑性と完成度の高さゆえ、「まさに魔法にかけられるようなウイスキー」であると評されるのも頷けるでしょう 。

原料情報(ローカル大麦の種類・産地・製麦法)

Springbank Local Barleyシリーズの名が示す通り、このボトルの原料大麦はキャンベルタウン近郊で栽培されたローカル産の二条大麦です。当時スプリングバンク蒸留所は原料調達から製麦まで一貫して自社で行っており、本ボトルに使われた大麦も蒸留所から半径8マイル(約13km)圏内の農場で収穫されたもののみを用いています 。具体的には、キャンベルタウン半島南部に位置するマキャリオック農場(Macharioch)、マクリモア農場(Machrimore)、レフェンストラス農場(Lephenstrath)の3農場産の大麦が原料と記録されています 。品種について公式な言及はありませんが、1960年代当時に当地で栽培されていた伝統的な二条大麦が使われたと考えられます。蒸留所でのフロアモルティング(床湿式製麦)によって麦芽化が行われ、発芽を止める乾燥工程では**ピート(泥炭)**を焚いて乾燥させています 。乾燥用のピートはキャンベルタウン近郊ローイン(Rhoin)地区のアロス湿原産が用いられ 、このピート焚きによって麦芽にスプリングバンクらしい穏やかな燻煙香が付与されます(ヘビーピートではなくフェノール値10~20ppm程度のライトピーテッド)。仕込み水(仕込・発酵・加水等に使用する水)は蒸留所裏手の丘ベン・グリアンの中腹にあるクロスヒル湖(Crosshill Loch)の湧き水を使用しています 。酵母は当時一般的であった乾燥タイプのディスティラーズ酵母M皮株(Distillers M-strain)を用い、麦汁1バッチあたり約75kgの圧搾酵母が添加されました 。

このように原材料のほぼ全てを地元由来でまかなうというこだわりがLocal Barleyシリーズの神髄です。実際、ボトルの背面ラベルには「本ボトルのスプリングバンク・モルトウイスキーの製造に使用された素材のほとんどは蒸留所から半径8マイル以内で産出されたものである」と明記されています 。唯一の例外は熟成に使われたバーボンオーク樽で、樽のみはスコットランド外から調達された旨が記載されています 。スプリングバンクは現在でもスコットランドで唯一、原料の製麦から瓶詰めまでを全て自社敷地内で行う伝統的な生産を続けており 、その先駆けともいえる1960年代当時のLocal Barley原酒でも、地元産原料×手作業の製麦というクラフトマンシップが遺憾なく発揮されていました。なお、本カスクの原料大麦から造られた麦芽のピーター率(ピート乾燥の度合い)はスプリングバンク標準の「ライトピート」であり、完全ノンピートのHazelburnやヘビーピートのLongrowとは一線を画す、中程度のスモーキーさを持つものです 。

製造工程(発酵・蒸留・冷却方式)

発酵: 粉砕したピーテッド麦芽にクロスヒル湖の軟水を加えてマッシュ(糖化)を行った後、得られた麦汁(ウォート)はスプリングバンク伝統の木製発酵槽で発酵させられます。蒸留所には容量25,000リットルのラーチ材(唐松)製の発酵槽が6基あり 、発酵槽への仕込み時の麦汁温度は約16℃と低めに管理されています 。前述のように約75kg投入された乾燥酵母M皮株が活動を始めると、アルコール発酵と並行して様々な発酵副生成物(エステル前駆物質や高級アルコール類)の生成が進みます 。スプリングバンクでは発酵時間を敢えて長めに取り、最低でも約70時間、時には110時間近くまで発酵を継続させます 。平均3~4日間というこの長期発酵により、酵母が糖を食べ尽くした後もしばらく乳酸菌などが働き、ウォッシュ(もろみ)中に有機酸やエステルが豊富に生成されます 。その結果、発酵完了時のアルコール度数は約4.5~5.0%ABVに達し 、フルーティーで芳香豊かなもろみが得られます。発酵槽が木製である点も微生物叢に影響を与え、ステンレス槽に比べ複雑な風味形成に寄与すると考えられます(木製槽では醸造用乳酸菌が棲み付きやすく、発酵後半に酸を生成してエステル類の素材となるため) 。

蒸留: 発酵完了後のもろみは、伝統的な銅製ポットスチルによって2回半(2.5回)の蒸留が行われます 。スプリングバンク蒸留所には初留釜(ウォッシュスチル)1基と再留釜(スピリットスチル)2基の合計3基のポットスチルがあり、まず初留釜で約35%前後のアルコールを含むローワインを得ます。スプリングバンク独特の「2.5回蒸留」は、このローワインとフォアショット/フェイント(初留・再留の余剰画分)を適切に再配分しながら2基の再留釜で蒸留を行うことで達成されます 。具体的には、一部のローワインは直接再留2へ送られ三度目の蒸留がなされる一方、残りは再留1で二度目の蒸留を経てから再留2へ回されるという工程を踏みます。結果として最終的な新酒(ニューメイク)は、一部が2回蒸留、一部が3回蒸留された原酒のブレンドのような形となり、独特の中重量ボディと複雑な風味を備えています 。蒸留の各工程でのカットポイント(留出の取り分け範囲)も特徴的で、スプリングバンクのハートカットはおおよそアルコール76%から60%までと幅広く設定されます 。これは通常のシングルモルトより重い後留成分まで取り込むためで、ここに含まれる脂肪酸エステルやフェーファイル(樹脂様風味成分)がスプリングバンク特有のオイリーでワクシーなニューメイクに寄与します。

加熱方式と冷却: 1960年代当時、スプリングバンクの初留釜および再留釜の一部は直火焚きによって加熱されていました。実際、本原酒の蒸留に際してはマクリハニッシュ(Machrihanish)炭鉱産の石炭が燃料として使用されており 、初留釜の底部には撹拌用のラムジャー(攪拌羽根)が備え付けられてポット内部のもろみが焦げ付かないよう設計されています 。石炭直火による加熱は蒸留槽壁面の局所的な過熱を招きやすく、現代的な間接蒸気加熱よりも褐色物質(メイラード反応生成物)や香ばしい硫黄化合物を生成しやすいと言われます 。スプリングバンクでは1980年代に一時蒸留所休止がありましたが、1987年再開後もしばらく石炭直火蒸留が続けられ、現在は灯油バーナーによる直火加熱に移行しています(再留釜の一部はスチームコイル式) 。本カスクの時代に得られたニューメイクには、こうした直火の影響による香ばしい穀香やオイリーさが備わっていたと考えられます。

蒸留後の冷却凝縮方式にも特色があります。スプリングバンクでは3基の蒸留器のうち1基にワームタブ(蛇管式冷却器)を採用しており、残りは近代的なシェル&チューブ式コンデンサーを用いていました 。ワームタブとは、大きな水槽の中にらせん状の銅管(ウォーム)が沈められた伝統的冷却器で、冷却効率が低くゆっくりと蒸気を液化させるため、凝縮時の銅との接触面積が少なく結果的に新酒中に硫黄系の成分が多く残留します 。そのためワームタブで冷やしたスピリッツは肉厚でスルファリー(硫黄由来のもたつき)な酒質になる傾向があり、「肉汁や野菜、石炭ガスのような硫黄香が新酒に感じられるが、我々が求めるまさにそれだ」と蒸留責任者が語っているほどです 。スプリングバンクのニューメイクにも当時ある程度こうした硫黄由来のニュアンスがあり、それが長期熟成を経て複雑味の一部となっています。「ワームタブで生まれた重厚な新酒がバーボン樽のチャー層で硫黄成分と反応し、熟成後にはトフィーやバタースコッチ様の風味へと昇華する」ことが知られており 、本ボトルもその好例と言えるでしょう。なお発酵・蒸留・熟成の全工程で、当時は冷却水や動力にも地元産資源が使われていました。仕込み水同様、蒸留器の冷却水にもキャンベルタウンの水源が使われ、石炭燃料も前述の通り地元炭鉱産でした 。「Machrihanish炭鉱は既に閉山し再開の見込みはないため、このウイスキーの再現は不可能である」とラベルに記載がある通り 、現在では失われた環境下で造られた稀有な原酒と言えます。

熟成背景(カスクタイプ・熟成環境・チャー/トースト処理)

カスクタイプと熟成年数: 本ボトルは1966年2月に蒸留された原酒をバーボン樽(ホグスヘッド)で32年間熟成し、1998年4月に蒸留所でボトリングしたシングルカスクです 。カスク番号は#493、樽種は米国産ホワイトオークのリフィル・バーボンホグスヘッドと記録されています 。ホグスヘッドとは容量約250リットルの樽で、元はバーボン標準樽(約200リットル)を英国で組み直したものです 。バーボン樽由来のアメリカンオークは高濃度のオークラクトンを含み、熟成中にココナッツやバニラの香味を豊富にウイスキーへ移す木材として知られます 。特にバーボン樽内部は強いチャー(深い焦げ)処理が施されており、この焦炭層がフィルターの役割を果たして熟成中に一部の硫黄系雑味を吸着する一方、リグニン由来のバニリンを放出してウイスキーにヴァニラ香を与えます 。本カスクも30年以上の長期熟成を経て、樽由来の甘いヴァニラ香やココナッツ風味がしっかりと染み込み、同時にスプリングバンク原酒本来の果実味やピート香と見事に調和しています。色合いはボトリング時点でしっかりとした琥珀色を呈しており 、長年の樽貯蔵による豊かな抽出成分が視覚的にも確認できます。

熟成環境: 熟成は全期間キャンベルタウンのスプリングバンク蒸留所内の伝統的な土床ダンネージ式倉庫で行われました。塩気を含む海洋性気候の下、石造りで床が土の倉庫で静かに熟成されたことで、原酒はゆっくりとまろやかになり、微かな潮風のニュアンスも含んでいます。キャンベルタウンは年間を通じて湿度が高く涼しい環境ですが、32年間という長期にわたり蒸留所で寝かせられた本カスクの原酒は驚くほど高いアルコール度数を維持しました。通常スコットランド熟成では経年とともに度数が低下しますが、本ボトルの最終ボトリング強度は56.8%と、蒸留直後の度数(約63.5%)からの低下幅が非常に少なく抑えられています 。これは樽の気密性が高く天使の分け前(蒸発量)が適度にコントロールされた結果であり、長期熟成の間も原酒のポテンシーが保たれていた証拠です。倉庫内の樽配置は下段に直置きする昔ながらの3段積みで、定期的な樽の転がし(ローテーション)が行われていた可能性があります。スプリングバンクには合計8棟の熟成庫があり、約13,500樽が貯蔵されています 。本カスクもその中で静かに長い歳月を過ごし、蒸留所の微気候と相まって独特の熟成プロファイルを獲得しました。なお、バーボン樽のチャー程度は詳細不明ですが、一般的にバーボン蒸留所から払い下げられる樽は内面を強い#3程度のチャーに焼いてあります 。加えてチャー前にはトースト(強熱処理)も施されており、軽度のトーストであれば樽由来のトフィーやクリーミーな甘さ、重度トーストではスパイスやチョコレートのような香ばしさを原酒にもたらします 。本樽も長期熟成の中でこうしたオーク由来成分を少しずつ原酒に移し、結果として先述のような蜂蜜や洋菓子を思わせる甘い香味や、微かなスパイスニュアンス(オークスパイス)が備わっています 。熟成環境・樽材・時間の三重奏によって生み出された芳醇な熟成香こそ、このボトルの大きな魅力と言えるでしょう。

成分分析(エステル類・フェノール類・ラクトン類・アルデヒド類・硫黄化合物など)

スプリングバンク Local Barley #493の香味を分子レベルで分析すると、多様な化合物群が複雑に絡み合っていることが推察されます。以下、カテゴリごとに主要な成分と香味への寄与を解説します。

  • エステル類: 発酵由来のエステルは本原酒のトロピカルフルーツ香の根幹です。長時間発酵により生成した酢酸エチルや乳酸エチル、カプロン酸エチル(エチルヘキサノエート)などのエステルは、パイナップルやバナナ、洋梨のコンポートのような甘い果実香をもたらします 。特にカプロン酸エチルはパイナップル様、酢酸イソアミルはバナナ様の香気成分で、本ボトルの南国フルーツを思わせる芳香に寄与していると考えられます。また、熟成中に生成する高級エステル(デカノ酸エチルなど)はマンゴーや杏のような熟したフルーツのニュアンスを付与し、経年変化で一層エステリーな香り立ちになっています。
  • フェノール類: ピーテッド麦芽由来のフェノール化合物も香味を支える重要な要素です。フェノールそのものやクレゾール類(オルソ-、パラ-クレゾール)は薬品や正露丸のような薬香を帯び、グアイアコールやイソゲアイアコールは燻煙香(焚き火やタールのようなスモーキーさ)を与えます。実際、本ボトルのテイスティングでは「焚き火の煙」「薬品のようなヒント」が感じられると報告されており 、これらはピート由来フェノールの仕業です。長期熟成によりフェノール類は徐々にまろやかになり、一部はバニラ様の香気成分バニリンなどと相互作用して複雑なウッディ香に昇華しています。また、樽由来のエ Eugenol(オイゲノール、丁香油成分)はスパイシーでウッディな香りを持ち、本ボトルのウッドスパイス(樽香)の一端を担います 。総じて、フェノール類はスプリングバンクの持つ微かな医薬品香やスモーキーさ、スパイシーさの源であり、その含有量はライトピートゆえ適度で、全体のバランスを損ねることなく複雑性を高めています。
  • ラクトン類: オーク樽由来のラクトン(γ-ラクトン)は本ボトルの甘い樽香を特徴付ける成分です。**オークラクトン(ウイスキーラクトン)**はココナッツ様やウッディな香りを持ち、アメリカンオーク樽で熟成されたウイスキーに典型的なココナッツ香の原因物質です 。チャーとトースト処理を経た米国産ホワイトオーク樽からは、シス-オークラクトン(強いココナッツ香)とトランス-オークラクトン(ウッディ香)が大量に溶出しやすく 、Local Barley #493にもバニラやココナッツの濃厚な樽香として感じ取れます。実際、「南国のシロップ」や「木質の甘い香り」と表現された要素はラクトン類およびバニリンの作用と考えられます 。長期熟成によりラクトン類はさらにまろやかになり、トースト由来のトフィーやナッツ様アロマとも相まって、クッキーやショートブレッドのような芳ばしい甘い香りを形成しています 。
  • アルデヒド類: アルデヒドの中で特筆すべきはバニリン(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンズアルデヒド)で、これは樽材中のリグニンが熱分解して生じるバニラ香成分です 。本ボトルの「バニラ」「キャラメル」「蜂蜜」のような甘い余韻には、このバニリンやシリンガアルデヒド(杏仁のような香り)が大きく寄与しています。バニリンはチャーリングによって樽内層から大量に溶出し、長期熟成でウイスキー中に蓄積します。加えて、トースト工程で生成するフォルフェノンなどのアルデヒド類もクリーミーな甘さや軽いスパイス香を付与します 。エタナール(アセトアルデヒド)など発酵由来の低級アルデヒドは熟成初期に樽材や酸素と反応して別成分に変化するため、32年熟成の本ボトルでは青リンゴのような生硬いアルデヒド臭は消え去り、代わりに樽由来の芳醇なアルデヒド香が前面に出ています。
  • 硫黄化合物: スプリングバンクの原酒には製法由来の硫黄系成分が微量に含まれます。発酵過程で酵母から放出される硫黄化合物(硫化水素、メルカプタン類)は初留・再留時に銅と接触して大部分が中和されますが、それでもワームタブ使用により銅接触が限られた一部の新酒には硫黄系のニュアンスが残ります 。代表的なのはモルト由来のジメチルスルフィド(DMS)で、開栓直後のウイスキーにわずかな缶詰コーン様の匂いを与えることがあります。しかし本ボトルの場合、長期熟成と樽内のチャー層による浄化作用で「悪い硫黄」はかなり除去・変質しています 。むしろ残存した硫黄成分が複雑な旨味や肉っぽいニュアンスを形成する「良い硫黄」として働いています 。テイスティングノート中の「生ハム」や「動物的なコク」は、おそらく硫黄を含む含窒素化合物(例えばチアゾール類や含硫アミノ酸由来化合物)が生み出す旨味と考えられます 。また、長熟シングルモルトに時折感じられる火薬やマッチの燻り香(硫黄由来)も、本ボトルでは極めて上品に溶け込み、むしろ全体のフレーバーに奥行きを与える一要素となっています。「硫黄=悪」という固定観念に反し、適度な硫黄由来成分は本ボトルのような長期熟成モルトにおいて旨味やワクシーさ、厚みをもたらす陰の立役者となっているのです 。

以上のように、本ボトルの香味特性はエステル類の華やかなフルーツ香、フェノール類のスモーキーさ、ラクトン・アルデヒド類の甘い樽香、そして硫黄化合物由来の旨味とコクが複雑に絡み合った結果生まれています。それら各成分は長い熟成期間を経て相互に反応・融合し合い、極めて多次元的で調和の取れた風味を創り上げています。まさに分析すればするほど新たな要素が見出せる「フレーバーの万華鏡」のような逸品と言えるでしょう。

ボトル仕様と実物画像(ラベル・度数・本数・発売年・流通背景)

Springbank Local Barley 1966 Cask #493(木箱入りボトル)。バーボン樽熟成であることを示す木箱と、蒸留所名・蒸留年・原料情報などが描かれたオリジナルラベルを纏う。

基本情報: Springbank Local Barley Cask #493は、公式に蒸留所からボトリングされたシングルカスクのキャンベルタウン・シングルモルトです。蒸留所元詰めの700mLボトルで、アルコール度数56.8%のカスクストレングスにて1998年に発売されました 。蒸留日は1966年2月、ボトリング日は1998年4月と記録されており、表記上の熟成年数は32年になります 。総生産本数は正確には不明ですが、類似する1960年代のシングルカスク例では1樽あたり約500~600本前後がボトリングされていることから 、本カスクも数百本規模のごく限定的リリースだったと推測されます。発売当時は蒸留所限定および一部専門店向けに出荷されたと考えられ、現在ではオークション市場で高額取引されるコレクターズアイテムとなっています。

ラベルデザイン: ボトル正面のラベルには「J.&A. Mitchell & Co. Ltd. Campbeltown」の社名とともに、伝統的な石造りのモルト床やポットスチルのイラストが描かれた特色ある意匠が採用されています(上記画像参照)。ラベル上部には大きく「SPRINGBANK」の銘が記され、その下に手書き風書体で「A Campbeltown Single Malt Whisky Distilled in Feb. 1966 from Local Barley」と蒸留年月とローカル大麦使用を示す文言が読み取れます。さらに下部には蒸留所の創業年や所在地を示す文章が続き、ボトル個体ごとの情報(カスクNo. 1966/493、ボトルNo.〇〇など)がエンボス加工で印字されています 。背面ラベルには前述の原料・製法に関する詳細な説明が英語でびっしりと記載されており、8マイル圏内の大麦・ピート・水・石炭で造られたこと、そしてノンチルフィルター・無着色でボトリングされた旨が強調されています 。「このウイスキーは二度と再現できない(unrepeatable)」との一文も印象的で、当時のローカルな環境が唯一無二であったことを伝えています 。木箱(化粧箱)はナチュラルなオーク材で作られ、蓋部に**「SPRINGBANK 1966 – Matured in Bourbon Wood」**と焼印されており、中にはボトルを固定する緩衝材が備わっています(上記画像左)。総じて、ラベル・木箱ともに派手さはないものの手作り感と伝統を感じさせるデザインで、このシリーズが後に正式に「Local Barley」と呼ばれるきっかけを作った歴史的ボトルと言えます 。

流通と評価: 本ボトルは発売当初こそ限定ゆえ入手困難でしたが、1990年代末時点では市場知名度はさほど高くありませんでした。しかしその卓越した中身から徐々に愛好家の評価が高まり、オフィシャルのLocal Barleyシリーズが2016年に復活する頃には伝説的存在となっていました 。現在ではオークションやプライベートセールで数十万円を超える価格で取引されており、ウイスキー投資の観点でも注目を集めています 。特に1960年代蒸留のLocal Barley原酒は一連のボトルがいずれも名作揃いで、ウイスキーオークション市場における「聖杯」の一つと称されることもあります。加えて本カスク#493は、同じ1966年蒸留のシェリー樽熟成版(後述)と対を成す存在として文脈的価値も高く、コレクターから垂涎の的となっています。

姉妹カスクとの比較(#441、#443などとの違いと文脈)

Springbankの1966年ビンテージには、本ボトル#493と同じくローカル大麦を使用しながら異なる樽で熟成された姉妹カスクがいくつも存在します。それらは総じて後年“Local Barleyシリーズ”と総称されますが、当時はまだその名称が正式には使われておらず、ラベルにも「Local Barley」の表記はありませんでした 。しかしながら現代の視点では、1965~1966年蒸留の一連のシングルカスク群こそがLocal Barleyシリーズの原点と見做されています 。ここでは代表的な姉妹カスクとして、#441および#443との比較を通じて#493の位置付けを考察します。

  • シェリー樽熟成の#441/#443との違い: カスク#441および#443は、本ボトルと同じ1966年2月蒸留の原酒をシェリー樽で24年間熟成し、1990年にカスクストレングス(それぞれ60.7%と58.1%)でボトリングした姉妹品です 。熟成に使用されたのはオロロソ種のシェリーバット(約500Lのスペインオーク樽)で、#441/#443の液色は驚くほど濃いマホガニー色を呈し、香味も黒砂糖やレーズン、古樽由来の極めてリッチなシェリー香が支配的でした 。著名評論家のAngus MacRaild氏は、これら#441-443のシェリー熟成版について「粘性すら感じるリッチな古シェリー樽に育まれ、革や土のようなどっしりと濃密な風味を備えている」と評しています 。実際テイスティングでも、ダークチョコレートやプルーン、古い革鞄、湿った葉巻箱のような重厚でオールドスタイルな香味が特筆されており 、甘美なブラックボウモアに匹敵する出来と称賛する声もあるほどです 。一方、#493はご覧の通りシェリーではなくバーボン樽由来の黄金色を呈し、香味の方向性も大きく異なります。#493では前述したようにトロピカルフルーツやバニラ、蜂蜜といった明るく爽やかな甘みが前面に出ており、シェリーカスクの#441/#443に見られたような重厚なレーズンや革のニュアンスは控え目です。その分、キャンベルタウンモルト本来の沿岸由来の潮風や麦芽由来の甘みが感じられ、樽の個性より原酒そのもののポテンシャルの高さをストレートに表現していると言えます 。いわば#441/#443が「シェリー樽の濃厚な影響で磨き上げられた荘重なスプリングバンク」だとすれば、#493は「バーボン樽でじっくり引き延ばされたエキゾチックで奔放なスプリングバンク」と表現でき、同じ1966ビンテージでも対照的な魅力を放っています。
  • 他のLocal Barley姉妹カスクとの文脈: 1960年代後半蒸留のスプリングバンク蒸留所シングルカスクは他にも多数存在し、例えば#442(1990年ボトリング、シェリー樽)、#490(1997年ボトリング、バーボン樽)、#496(1998年ボトリング、バーボン樽、台湾向け)などが知られます 。中でも1966年蒸留のものは出来が突出しており、「1966ヴィンテージのLocal Barleyこそスプリングバンク史上最高傑作」と称える評論家もいます 。Angus MacRaild氏も「1966の一連のシェリー樽とバーボンホグスヘッド群は、時間と熟練が生み出した春桂酒(Springbank)蒸留液のエキゾチックな芳醇さを余すところなく示している」と述べており 、前述のようにシェリー系はレザーや土の濃厚さ、バーボン系は南国フルーツとワックスの妖艶さという形でそれぞれ極めて高い完成度に達しています 。#493はその中でも最高度数に近い56.8%を保っており、32年熟成ゆえの円熟味と相まってボリューム感・凝縮感では群を抜く存在です。事実、ウイスキー評価サイト等でも#493(および類似スペックの#492-495台)は平均評価がきわめて高く、90点台中盤のスコアを付ける愛好家も珍しくありません 。一方で#441-443のシェリー系は「他に代えがたい重厚さ」を評価する声が根強く、両者は優劣つけ難い個性として語られます。いずれにせよ、1960年代のLocal Barleyシリーズはスプリングバンク蒸留所の伝説的名酒として双璧を成しており、本カスク#493はそのバーボン熟成側の最高到達点と言える位置付けにあります。

総括: Springbank Local Barley Cask #493は、地元産原料の魅力と伝統的製法、長期熟成が三位一体となって生み出された究極のシングルモルトです。香味特性は驚くほど多彩で、時間とともに表情を変える複雑さは専門家をもうならせる完成度を誇ります。原料面ではキャンベルタウン産大麦の旨みと穏やかなピート香、製法面では木桶発酵・直火蒸留・ワームタブ凝縮によるオイリーで重層的なニュアンス、熟成面ではバーボンホグスヘッド由来のトロピカルで甘美な樽香と潮風が織り成す熟成香——その全てが見事に調和し、グラスの中に凝縮されています。まさに**「黄金時代のスプリングバンク」を体現した一本**であり、同蒸留所のみならずスコッチウイスキー史に残る名作として語り継がれているのです 。

引用情報(References):

  • 【7】Whisky-Online.com: Springbank 1966 32 Year Old Cask 493 の商品解説(香味描写) 
  • 【15】World Wine & Whisky: Springbank 1966 31年 Cask 489 の商品ページ(ラベル記載の原料・製法説明抜粋) 
  • 【20】Brewer & Distiller International誌 (May 2014):「Springbank」特集記事(製麦・発酵・蒸留プロファイル) 
  • 【23】Kilchoman蒸留所 公式ブログ: 「発酵時間がウイスキー風味に与える影響」解説記事 
  • 【25】The Whisky Exchange 商品説明: Springbank 1966 Sherry Cask #441(シェリー樽熟成版の評価) 
  • 【32】Whisky Auctioneer コレクターズコーナー: Springbank Local Barley 特集記事(Angus MacRaild氏のコメント) 
  • 【36】Whiskyfun テイスティングレビュー: Springbank 32yo 1966 Cask #496(本ボトル類似スペックのテイスティング詳細) 
  • 【45】ScotchWhisky.com 記事: 「Worm Tubの内幕」(Inver House社Stuart Harvey氏の発言:ワームタブと香味の関係) 
  • 【41】The Single Cask コラム: 「シングルカスクとエクスバーボン樽」(米国オーク樽の風味影響解説) 
  • 【37】Hedonism Wines コラム: 「Springbank徹底ガイド」(伝統製法と2.5回蒸留の解説) 

スプリングバンクの製法と香味形成要因(全体解説)

以下が「スプリングバンクの製法と香味形成要因」のまとめ表です:

製法・工程特徴・内容
原料処理・製麦100%自社フロアモルティング、地元産大麦、12〜15ppmのライトピート使用
発酵木製ウォッシュバックで110時間以上の長時間発酵、乳酸菌・野生酵母の影響も
蒸留2回半蒸留(独自方式)、初留は直火加熱、再留器にワームタブを使用
冷却・銅接触銅接触による硫黄除去、ワームタブにより重厚成分を適度に残留
熟成環境湿度高めのダンネージ式熟成庫、シェリー&バーボン樽を中心に使用
主要香味成分エステル類(果実香)、ラクトン(ココナッツ)、フェノール(煙香)、アルデヒド(バニラ)
香味特性ワクシーでオイリー、フルーティーと土っぽさが共存、長期熟成で厚みと複雑さが増す

スプリングバンク蒸留所は1828年創業のキャンベルタウンの名門で、現在も家族経営を貫き伝統製法を守っています 。以下、同蒸留所の製法上の特徴と、それが生み出す香味成分・官能特性について図表を交えて解説します。

  • 原料処理と発酵:  スプリングバンクはスコットランドでも稀な自社フロアモルティングを維持しており、地元の水で大麦を浸漬発芽させ、麦芽を乾燥させる際にピート(泥炭)を一部燃焼します 。スプリングバンク銘柄の場合、ピート乾燥と熱風乾燥を併用し約12–15ppmのフェノール値に調整します 。これにより麦芽由来のグアイアコール(煙香)やクレゾール類(薬品香)が若干含まれ、軽いキャンベルタウン独特の「潮っぽさ」「オイリーさ」に繋がります 。粉砕した麦芽は鋳鉄製マッシュタンで3回の糖化工程を経て発酵槽へ送られます 。発酵槽(ウォッシュバック)は木製で発酵時間は最大110時間と長く設定されており 、この深い発酵によってエステル類(フルーツ香:酢酸イソアミル=バナナ香、酢酸イソブチル=洋梨香 等)や高級アルコール(ワクシーな質感、青リンゴ様香の2-フェネチルアルコール等)が豊富に生成されます 。長時間発酵は乳酸菌の働きも促し、乳酸とエタノールから乳酸エチルが生成してヨーグルト様の柔らかなニュアンスを付与するほか、発酵完了後期に生じる酪酸がエタノールと反応して**酪酸エチル(パイナップル様香)**を形成し、これが長熟酒におけるトロピカルフルーツ香の一因となります 。
  • 蒸留と装置:  スプリングバンク蒸留所には初留釜1基、再留釜2基の計3基の銅製ポットスチルがあり、蒸留回数を調整して3種類の酒質を生み出しています(ロングロウ=2回、スプリングバンク=2.5回、ヘーゼルバーン=3回蒸留) 。2回半蒸留とは初留後のローワインを一部(約20%)だけ直接精留釜に送り、残り80%を再留(中留)してから精留する工程で、非常にユニークです (下図フロー参照)。初留釜(ウォッシュスチル)は直火焚きで強い加熱が行われるため、蒸留中に糖分がカラメル化し微量のフルフリルなど香ばしい成分が生成されます 。粗留したローワインは伝統的なワームタブ冷却器で凝縮され、一部が再留釜(ローワインスチルNo.1)へ送られます 。再留釜の留出(ヘッズ・ハーツ・テールを含むフェインツ)は約30%がフェインツ受けに、残り70%が精留釜(ローワインスチルNo.2=スピリットスチル)に送られます(この際アルコール度数63-76%程度の中間留分を得る)。精留では約71%前後でカットが行われ、最終的な新酒(ニューメイク)は63.5%程度でスピリッツセーフに導かれます。こうした蒸留操作により、スプリングバンクの新酒は部分的な三回蒸留による滑らかさと二回蒸留由来のオイリーさを併せ持つ個性的なものになります。なお、銅との接触が長い蒸留プロセスは硫黄化合物の除去にも有効で、揮発した硫化水素やメルカプタン類は銅壁面で硫化銅となり除去されます 。結果、新酒中のDMSやDMDSは極めて低く抑えられ、熟成によってさらに減少します 。
  • 熟成と樽:  スプリングバンクではバーボン樽、シェリー樽を中心に様々なカスクで熟成を行います。キャンベルタウンの湿潤な海洋性気候の下、樽熟成によりウイスキーは色合いと丸みを獲得します 。樽熟成の影響は総じてウイスキー風味の50~80%を決定すると言われ 、特に長期熟成では木由来フレーバーの比重が大きいです。オーク樽からはリグニン由来の芳香族化合物(バニラ香のバニリン、ナツメグ様のエイゲノール、シナモン香のシンナムアルデヒド等)が溶出し 、12年以上の熟成酒に顕著なバニラ、ウッディ/スパイシー香を付与します。またオークラクトン(ウイスキーラクトン)はココナッツや乾いた木材の香りを与え、特にバーボン樽熟成では重要です 。一方、熟成中に蒸発(エンジェルズシェア)することで酒液中の酸素濃度が高まり、エタノールの酸化で生じるアセトアルデヒドや有機酸類が増加します 。これらはさらにエステル化反応を起こし、熟成中期以降に第二世代のエステル(酢酸エチル、吉草酸エチルなど)が新たに生成しウイスキーに複雑な果実香を添加します 。熟成期間と主要香味成分濃度の関係は、例えば酢酸エチルは3~6年で急上昇しその後緩やかになる一方、フェノール類や硫黄化合物は逆に急減することがデータで示されています (下図参照)。こうした化学変化に加え、長期熟成では蒸発損失による度数低下や木材との樽内反応(タンニンの溶出と沈殿、リグニン変性)が起こり、味わいはまろやかで調和のとれた方向へ進みます 。ただし過熟成により果実香が減衰し木の苦渋が勝りすぎる場合もあるため、蒸留所では適切な樽構成と熟成期間の管理(ウッドポリシー)が重要です 。実際スプリングバンクでは1980年代以降シェリー樽の質低下に苦しみましたが、2000年代に入り再度樽管理を徹底したことで近年品質が向上したと言われます 。
  • 香味成分と官能特性:  ウイスキーの香味は数百種に及ぶ化合物の協奏ですが、主な成分とその官能に関する対応関係を以下のマトリックスにまとめます:
化合物グループ主な例官能特性(香り・味わい)
エステル類(発酵由来)酢酸イソアミル、酢酸エチル、酪酸エチル果実香(バナナ、青リンゴ、パイナップル) 、甘酸っぱい爽やかさ
フェノール類(ピート由来)フェノール、4-エチルフェノール、グアイアコール類煙臭、正露丸様薬品香、土っぽさ
フェノール類(木由来)シリンガアルデヒド、4-ビニルグアイアコール、ユーゲノールクローブやシナモン様のスパイス香 、ウッディな深み、微かな燻香
アルデヒド類(木・酸化由来)バニリン、シンナムアルデヒド、ベンズアルデヒドバニラ香 、シナモン香 、杏仁のような甘い香り
ラクトン類(木由来)β-メチル-γ-オクタラクトン(ウイスキーラクトン)ココナッツ香、乾いた木片の香り
高級アルコール類(発酵由来)2-フェニルエタノール、イソアミルアルコール華やかなフローラル香(バラ、白檀) 、溶剤様の刺激(高濃度時)
酸類(発酵・熟成由来)酢酸、酪酸、吉草酸ほのかな酸味、酢の物様の揮発酸臭(高濃度時)
硫黄化合物(麦・酵母由来)DMS、メタンチオール、硫化水素野菜煮汁や玉ねぎ様の匂い(不快臭:熟成で劇的に減少)
その他フルフリル、γ-ラクトン、糖化産物トースト香、キャラメル、ナッツ様風味
  • 表: ウイスキー主要成分と官能香味の対応 等より
  • 熟成年数と成分変化:  熟成経過に伴う香味成分濃度の変化を一般化すると、エステル類・アセタール類は新酒~数年で増加し、10年前後でピークに達した後は安定または微減します 。一方、ピート系フェノールや硫黄成分は新酒中が最大で、1~3年で急激に低減し、その後もゆっくりと分解・揮散していきます 。下図は熟成期間と代表成分濃度の模式的な推移を示したものです(縦軸は対数スケール濃度)。
    (熟成年数と香味成分濃度の推移図:エステル総量は増加→横ばい、フェノール・DMSは減少カーブ、木由来成分は徐々に増加)
    ※例えば酢酸エチルは0年148→3年411→6年523 mg/Lと上昇し 、DMSは0年446→3年29 µg/Lへ激減 。リグニン由来物質16種は1.5~10年で顕著に増加しています 。
  • ピート濃度と香味の関係:  一般にボトル表示されるフェノール値(PPM)は麦芽時点の値で、蒸留・熟成を経た最終ウイスキー中の値は大幅に低下します 。例えばアードベッグ蒸留所では麦芽50ppmに対し新酒は24~26ppm、16年熟成では約16ppmまで減少します 。フェノール量とスモーキーフレーバーの感じ方には収れんがあり、麦芽ppmが高くなるほど一部成分は飽和し強烈なスモークになるものの、極端に高いppmでは相対的に香味全体のバランス次第で知覚強度の伸びは緩やかになります。下図の散布図は代表的シングルモルトの麦芽フェノール値と、官能的なスモーキー度合いの相関を概念的に示したものです。
    (ピートフェノール濃度とスモーキー香強度の散布図:0ppm~100+ppm、強度軸は指数増加後飽和。例:ヘーゼルバーン0ppm=ほぼ無煙、スプリングバンク12ppm=軽い土煙香、ラフロイグ40ppm=非常にスモーキー、オクトモア300ppm=極限だが知覚強度はラフロイグの数倍程度)
    このように、熟成や蒸留条件で失われる部分も大きいため、一概に麦芽ppm=ボトルの煙さではありません 。スプリングバンクの場合、麦芽約12ppm→新酒5ppm前後→長期熟成で1ppm未満となり、淡いキャンベルタウンの潮風や穀物様の奥ゆかしいピート香として感じられます。一方、ロングロウ(麦芽55ppm)やアイラモルト(50ppm前後)は若いうち強烈な正露丸臭・燻製香を放ちますが、長熟によって滑らかで複雑なスモーキーさへと変貌します 。

以上、スプリングバンク蒸留所の特異な製法(自社製麦・2.5回蒸留など)と香味形成の科学を概観しました。伝統的手法を守り抜く姿勢は「キャンベルタウンの救世主」とも称えられ 、その結果生み出されるウイスキーは熟成を経て他に類を見ない厚みと複雑さを備えています。香味成分の相互作用や経年変化を知ることで、こうしたレジェンダリーなボトルの背景にある技術と時間のドラマを一層深く味わうことができるでしょう。

出典: 蒸留所公式情報 、Whiskipedia解説 、学術研究(MacNamaraら) 、Whisky Magazine寄稿 他。