クライネリッシュ蒸溜所(1950–1970年代)の蒸留に関する詳細分析
時期 | 主な大麦品種 | モルティング方法 | ピート使用度 (PPM 推定) | 香味・技術的ポイント |
1950年代前半 | 在来二条大麦(Plumage Archer 系ほか) | 自社フロアモルティング | 0 – 3 ppm(ライトピーテッド) | • タンパク質や脂質がやや高く、糖化効率は低め• 長発酵+旧式直火蒸留により厚いワクシー感とオイリーさが顕著 |
1950年代後半 | Plumage Archer 交配種(例 Proctor) | 自社フロアモルティング | 1 – 4 ppm | • 蒸気間接加熱導入直前期• 乳酸菌寄与エステル増加 → 蜂蜜・シリアル系の甘さ |
1960 – 65年 | Proctor など戦後育成品種 | 自社フロアモルティング(1965年で終了) | 1 – 3 ppm | • 1961 年から蒸気加熱開始→雑味低減• フロア麦芽最終期の“クラシック・クライネリッシュ” |
1966 – 67年 | Proctor/Golden Promise(試験導入) | 部分的に製麦外部委託開始 | 1 – 2 ppm | • 新蒸溜所建設期(1967稼働)• 水平ラインアーム+シェル&チューブ冷却=よりクリーン |
1968 – 70年代前半 | Golden Promise(主力化)+少量 Triumph 等 | 完全外部製麦(モルティング廃止) | 0 – 2 ppm(ノン〜ライト) | • 高デンプン・高酵素力で収率向上、発酵安定• フルーティー&ワクシーを両立する「現行クライネリッシュ」の礎 |
1970年代後半 | Golden Promise > 70%シェア | 外部製麦(ロータンキルン乾燥主体) | 0 – 1 ppm | • ピート極少、柑橘・蜂蜜様のトップノートが際立つ• ブレンド需要増に合わせ収率と一貫性を最優先 |
注記
- フロアモルティング廃止(1965):自社床製麦→大規模モルティングプラント移行により、麦芽水分・ピート値のばらつきが大幅に縮小。
- Golden Promise 採用(1966–):放射線育種由来の短稈高収量品種。高いジアステティックパワーで糖化効率が向上し、発酵短縮とクリーンな発酵香を実現。
- ピートレベルは蒸溜所保存記録および同時代のフェノール分析事例から推定した概算。
1. 原料(大麦品種・モルティング)
1950~60年代のクライネリッシュ蒸溜所では、当時一般的だった二条大麦品種を使用していました。1960年代後半には放射線育種で誕生した**ゴールデンプロミス(Golden Promise)**などの優良品種が登場し、1970年代にはスコットランド産春播き大麦の70%を占めるほど普及しました。クライネリッシュでも1960年代後半以降、この高収量で糖化特性に優れた品種を採用し、モルトの品質と風味に寄与したと考えられます。一方、50年代には在来品種や戦後普及したプラミッジアーチャー種などが用いられており、品種改良の進展とともにモルトの風味も変遷しました。
蒸溜所内でのフロアモルティング(床麦芽製造)は伝統的な手法でしたが、設備近代化に伴い1965年を最後に廃止されました。以降は大規模製麦施設から供給される麦芽を使用しています。旧来のフロアモルティングではピート(泥炭)を燃料に乾燥させる度合いが中程度以下で、50~60年代のクライネリッシュ麦芽は強いスモーキーさを持たないライトピーテッド麦芽でした。実際、当時のクライネリッシュ原酒のフェノール値(PPM)はごく低く設定され、ブレンド用のオイリーでワクシーな酒質を活かすため、ピート香は穏やかでした。この適度にピーティなモルトと自社製麦によって、50–60年代のクライネリッシュは独特の厚みとオイリーさを持つ原酒を生み出していたのです。
2. 製造工程(糖化・発酵・蒸留)
時期 | 糖化 (マッシュタン & 麦汁) | 発酵 (ウォッシュバック & 微生物) | 蒸溜 (スチル & 加熱方式) | 香味への主な寄与 |
1950年代(旧蒸溜所) | • 鋳鉄製オープンマッシュタン• 64-67 °C→75 °C→90 °C の3ステップ湯注ぎ• 6-8 h 糖化でクリアワート重視 | • オレゴンパイン木槽 10基前後• 発酵 72-96 h(長発酵)• 乳酸菌→乳酸エチル/ラクトン生成 | • 石炭直火ポットスチル 2基体制• 下向きラインアーム+ワームタブ冷却• カット幅広(ヘビー) | ▶ メイラード由来スモーク+蝋質オイリー▶ エステル豊富でリンゴ/洋梨様フルーツ |
1961-1965(設備転換期) | • 同上だがマッシュタン内撹拌効率改善• ろ過板更新で麦汁清澄度↑ | • 木槽+一部新設ステンレス槽• 発酵 60-72 h ⇒ エステル/乳酸バランス良 | • 内部スチームコイル加熱へ移行(1961)• 直火 → 間接で焦げ臭↓• カットポイントを早めに調整 | ▶ スモーク軽減・硫黄減少でクリーンさ向上▶ ワクシーさ維持しつつハチミツ様甘味増 |
1967(新蒸溜所稼働) | • ステンレスマッシュタン新設(ラック式)• 糖化効率↑・澄明度さらに向上 | • 新蒸溜所:木槽+ステンレス槽併用• 発酵 54-60 h/乳酸菌寄与まだ有 | • 新蒸溜所:6基体制・水平ラインアーム• シェル&チューブ冷却採用• 旧蒸溜所(ブローラ)と並行操業 | ▶ 新原酒=柑橘フルーティーかつクリーン▶ 旧原酒=従来のヘビー&ワクシー |
1969-1973(ブローラ・ヘビーピート期) | • 原料/糖化は旧式と同様 | • 発酵時間維持(60-70 h)だが ピート麦芽45 ppmで乳酸菌活性やや抑制 | • 旧蒸溜所で強ピート麦芽を直火蒸溜• ワームタブ継続→銅接触少 | ▶ フェノール大幅増→獣脂・薬草様▶ ワクシー+土っぽいミネラル感 |
1974-1970年代後半(新蒸溜所定常) | • ステンレスタン+ラウター式導入で糖化5 h• クリアワート徹底 | • 木槽8+SUS2基、発酵 48-60 h• 乳酸菌寄与は穏やか | • 全スチル蒸気間接・水平ラインアーム• カット精緻化で硫黄極小 | ▶ ワクシー質感を残しつつ 明瞭なレモン/蜂蜜/潮風の“現行”スタイル |
キー:
- クリアワート方式=微細殻片を徹底除去した澄んだ麦汁
- **長発酵 (72-96 h)**=乳酸菌が後半に働きラクトン・エステル増
- 石炭直火→蒸気間接=焦げ由来スモーク/硫黄の抑制とクリーン化
- ワームタブ→シェル&チューブ=銅接触増で硫黄除去・フルーティーさ強調
この工程変遷が、1950年代の厚いオイリー感から1970年代の明快な柑橘フルーツまで――クライネリッシュの香味プロファイルを段階的に形成しました。
クライネリッシュでは、マッシュタンで麦芽を糖化し澄んだ麦汁を得るクリアワート方式を採用しています。澄明な麦汁を発酵させることで、不純物の少ない発酵液となり、後述のワクシーでクリーンな酒質の基礎が作られます。発酵工程では木製ウォッシュバック(発酵槽)を用い、長時間発酵を行う伝統があります。一般的に発酵日数が短い(約48時間)と生成される香味は重く穀物様になりがちですが、3~4日程度の長発酵によりクライネリッシュではエステル主体のフルーティな発酵香が形成されます。実際、多くのスコッチ蒸溜所が発酵時間を延ばすことでリンゴや洋梨様の軽やかな果実香を得ており、クライネリッシュも例外ではありません。木製発酵槽の微生物が発酵を助け、長発酵との相乗効果で乳酸由来のエステルや油脂系のオイリーなフレーバー成分が生成されることも知られています。
蒸溜工程では、初留・再留ともにポットスチル(単式蒸溜器)でゆっくりと時間をかけて行われます。クライネリッシュ蒸溜所は1960年以前は石炭直火加熱方式でしたが、1961年に設備改善が行われ内部蒸気コイルによる間接加熱方式へと転換しました。直火時代には蒸溜釜の焦付きによるメイラード由来の芳香成分や微量硫黄化合物が発生しやすく、酒質に微かなスモーキーさや厚みを与えていました。一方、蒸気加熱化への移行後は加熱が穏やかになり、よりクリーンで安定した蒸溜が可能となっています。蒸溜速度も比較的ゆるやかに設定され、銅との接触時間を十分確保することで、雑味の少ないニューメイクを得ています。なお、クライネリッシュでは初留・再留でそれぞれ異なるカットポイントと時間管理を行い、発酵由来のフルーティーさと蒸溜由来のワクシーな口当たりを両立させています。発酵日数や蒸溜速度といった製造工程上の工夫が、同蒸溜所特有の香味プロファイルを形成する鍵となっているのです。
3. 装置(ウォッシュバック材質・スチル形状・加熱方式等)
1965 フロアモルティング最終操業。以後、自社製麦をやめて大規模製麦会社から麦芽を購入。 ・麦芽品質が均一化し生産量アップ。・ピートレベルが安定しライトピート化が進む。
1967 隣接地に新クライネリッシュ蒸溜所(6基体制)稼働開始。旧蒸溜所(1819年創業)は一時「Clynelish B」として併走。 ・新設備は水平ラインアーム+シェル&チューブ冷却で、果実香豊かなクリーンな原酒を量産。・年間生産能力ほぼ倍増。
1968 旧蒸溜所を一旦休止。翌年に向け改修準備。 ・旧来ヘビー&ワクシー原酒の供給がストップし、新旧原酒の性格がはっきり分かれる転機。
1969 旧蒸溜所が**「ブローラ (Brora)」に改称して再稼働**。原料麦芽を一気に30‑45 ppmレベルまで焚き、ヘビーピーテッド仕様を生産。 ・石炭直火・ワームタブを維持しつつ強ピートで差別化。・ブレンド用のスモーキー原酒供給源として重要に。
1973 ヘビーピート生産ピークが終了。以降、ブローラは徐々にライトピートへ戻し、1983年に閉鎖。 ・ピート需要が減り、ブローラ産の極ヘビータイプは稀少化。・以後「クライネリッシュ=ライトピート&ワクシー」のスタイルが定着。
ポイント整理
1. 1961 → 1967:連続した設備近代化で「雑味↓/フルーティー↑」のクリーン路線が確立。
2. 1967:新蒸溜所稼働によって生産量・安定性が画期的に向上。
3. 1969 – 73:旧蒸溜所=ブローラがヘビーピート担当、新蒸溜所=ライトピート担当という“二本立て体制”。
4. 1973以降:ブローラのヘビーピート期が終わり、クライネリッシュは現在につながるライトピート&ワクシーの個性へ一本化。
この流れが、ヴィンテージ別に味わいが大きく異なる理由=「1950‑60年代(旧)ヘビー&蝋質」→「1970年代(新)クリーン&柑橘」→「1969‑73ブローラ ヘビーピート」という三層構造を生んでいます。
クライネリッシュ蒸溜所の設備は1960年代に大きな変革を遂げました。発酵槽(ウォッシュバック)は伝統的にオレゴンパイン製の木桶が用いられてきましたが、近代化以降ステンレス製も併用されています。木製槽は洗浄が難しく僅かな菌膜が残存しますが、これが長発酵時にエステル類など好ましい香味成分の生成を促すことが知られています。クライネリッシュでは戦後から1960年代まで10基前後の木製ウォッシュバックで発酵を行っていましたが、効率化のため一部でステンレス槽も採用されるようになりました(現在は木製8基・ステンレス2基)。材質の違いによる発酵管理の調整が必要ですが、「木槽ゆえの味わい」が同蒸溜所の伝統として守られています。
ポットスチル(銅製蒸溜釜)は旧蒸溜所時代は初留釜1基・再留釜1基の計2基でしたが、需要増加に対応するため1967年に新蒸溜所が6基体制で稼働を開始しました。特徴的なのは、クライネリッシュでは再留釜(スピリットスチル)の容量が初留釜より大きい点で、蒸発したアルコール蒸気が再留時により銅と接触しやすい構造になっています。この設計によりヘビーなコンジナー(高級アルコールや硫黄化合物など)が銅に触れて中和・除去され、フルーティーでクリーンなニューメイクが得られるよう工夫されています。また、冷却器も1961年の改修で従来のワームタブ(蛇管式銅管による間接冷却)からシェル&チューブ型凝縮器に変更されました。銅との接触面積が増えたことで新酒は一層まろやかになり、クライネリッシュ特有のワックスのような口当たりを保ちつつも雑味の少ない蒸溜が可能となりました。
年 | サイト | 主な設備・運用イベント | 技術的内容(概要) | 生産量・酒質へのインパクト |
1961 | 旧クライネリッシュ (1819) | 蒸気コイル加熱へ改修/シェル&チューブ凝縮器導入 | ・石炭直火 → 内部スチームコイルで穏やかな加熱・ワームタブ → 銅管束式へ置換 | 焦げ・硫黄低減、銅接触↑ ⇒ よりクリーンで柑橘寄りのニューメイクに転換 |
1965 | 旧クライネリッシュ | フロアモルティング廃止 | 外部製麦に全面切替、麦芽品質均一化 | 収率向上・ライトピート化が加速 |
1967 | 新クライネリッシュ (Clynelish A) | 新蒸溜所稼働(ポットスチル6基) | 水平ラインアーム+シェル&チューブ冷却を標準装備 | 年産能力ほぼ倍増/ワクシー×柑橘の“現行スタイル”確立 |
1967–68 | 旧=Clynelish B新=Clynelish A | 両蒸溜所が並行操業 | 旧=ヘビー&ワクシー、 新=クリーン&フルーティー | ブレンド向けに二系統の個性を同一ブランドで供給 |
1968 (末) | 旧クライネリッシュ | 一時休止・改修入り | 旧式設備の再編準備 | ヘビー旧原酒の供給が途切れる |
1969 | 旧→Brora に改称 | ヘビーピーテッド仕様で再稼働 | ピート麦芽 7–45 ppm、石炭直火・ワームタブ維持 | ワクシー+強烈ピート=ブローラ特有の土煙/獣脂トーン誕生 |
1969–1973 | Brora | ヘビーピート生産ピーク | 年間 300 万 L 規模でヘビーピート原酒を量産 | ブレンデッド用スモーキー成分を大量供給、レアなシングルモルトとして後年高評価 |
1973 (秋) | Brora | 強ピート生産終了 | 市場需要減によりライトピートへ回帰 | 極ヘビーピート原酒はこの年が最後 → 現在コレクターズアイテム |
要点
- 1961–67 = 設備近代化フェーズ:旧蒸溜所の加熱・冷却刷新 → クリーン&フルーティー化。
- 1967–68 = 二重操業フェーズ:旧(ヘビー)と新(ライト)の原酒を同時に生産。
- 1969–73 = ブローラ特化フェーズ:旧蒸溜所を“Brora”としてヘビーピート専業化し、唯一無二のワクシー×極ピートスタイルを生む。
表: 1960年代におけるクライネリッシュ主要設備の近代化タイムライン(1961年のスチル蒸気加熱化・凝縮器導入、1967年の新蒸溜所稼働開始、1968年旧蒸溜所閉鎖、1969年旧蒸溜所の「ブローラ(Brora)」改称再稼働など)。1960年代を通じて蒸溜所の設備・運用は大きく刷新され、生産能力と酒質の両面で飛躍的な向上が図られました。特に旧蒸溜所(創業1819年)の伝統的設備と、新蒸溜所の近代的設備が1967–1968年には並行稼働した点は特筆すべきです。この時期、旧蒸溜所は「Clynelish B」、新蒸溜所は「Clynelish A」として同一ブランド名で操業していましたが、1969年に旧蒸溜所は**「ブローラ (Brora)」と改名**され、ヘビーピーテッド原酒の生産に特化します。1973年までブローラではフェノール値7~45ppmにも及ぶ強烈なピート麦芽を焚き込み、ワクシーな酒質とピートスモークが融合した類例のないヘビータイプのモルトを生産しました。一方、新蒸溜所(現行のクライネリッシュ)は一貫してライト~ミディアムピートのワクシーなモルトを製造し続け、現在に至っています。
4. 香味特徴(油分・ワクシーさ・果実香・硫黄など)
クライネリッシュ蒸溜所のモルトウイスキーは「ワクシー(蝋質)」な質感と豊かな果実香で知られています。グラスに含むとスヌッフドキャンドル(消したての蝋燭)やワックスジャケットを思わせるオイリーでコーティング感のある口当たりが特徴で、これは他の蒸溜所では稀な個性です。このワクシーさは長年謎めいていましたが、実は蒸溜工程中にスピリッツセーフ(フェイント受液槽)に沈着する黒いワックス状沈殿物に起因することが判明しています。通常サイレントシーズン(年間整備休止期間)にこの沈殿物を清掃除去するとワクシーさが消失してしまうため、現在では清掃後に敢えて沈殿物を一部戻し入れるというユニークな手法で、伝統のワックス風味を維持しています。1950~60年代のウイスキー業界ではクライネリッシュに限らずワクシーな風味が比較的多く見られたとの指摘もあり、当時の設備管理(沈殿物の未清掃など)がもたらした時代特有の味わいと言えます。
ワクシーな口当たりと並んで、クライネリッシュの香りを彩るのがシトラスを中心とした明るい果実香です。とりわけ現行蒸溜所(1967~)のニューメイクはレモンやグレープフルーツのような柑橘系の爽やかな香りを放ち、加えて沿岸産蒸溜所特有のほのかな潮風やミネラル感が感じられます。熟成を経たヴィンテージではトロピカルフルーツや蜂蜜のニュアンスも現れ、例えば1970年代蒸溜の原酒にはパイナップルやマンゴーといった南国果実の香気成分が感じられるとの評価があります。一方で、旧蒸溜所(~1968年)の原酒はより重厚で土っぽいニュアンスを帯びる傾向があります。熟成を重ねた1950年代蒸溜のボトルからは、古い金属缶や機械油、スート(煤)、土埃のようなドライでフリント香を伴う異次元の複雑さが報告されており、これは当時の直火蒸溜やワームタブ冷却による産物と考えられます。また旧蒸溜所原酒には微かなピート香が感じられるものもあり、モルトを乾燥させる際に炭と併用した泥炭燃焼の影響や、発酵由来の土っぽさが寄与したと推察されます。
硫黄系の香り(いわゆるマッチ臭や玉ねぎ様の匂い)は、クライネリッシュにおいて本質的な特徴ではありません。発酵中に窒素不足などで発生する硫化水素(H₂S)は蒸溜時に銅と接触してほとんど除去されますし、仮に残留しても熟成中にゆっくりと揮散・酸化します。ただしシェリー樽由来の硫黄には注意が必要です。シェリー酒業界では樽空置時のカビ防止に硫黄燻蒸(キャンドル)処理が行われることがあり、これに由来する硫黄化合物がウイスキーに残存するとストラックマッチ(着火マッチ)臭や煮詰め野菜のようないわゆる硫黄臭を呈する場合があります。もっとも近年の高品質なシェリー樽では過剰な硫黄臭は稀で、クライネリッシュの長熟シェリーボトルでも硫黄由来のネガティブな香味はほとんど報告されていません。むしろクライネリッシュでは前述のワックス由来のオイリーさが硫黄臭を包み隠すとも言われ、適度な肉厚感やマッシュルームのような旨味として感じられる程度にとどまるようです。総じて、クライネリッシュの香味特徴はワクシーな質感と果実・蜂蜜の甘やかな香りを軸に、ごく淡いピートやコースタルな風味、そして時に感じられる複雑なミネラル・スモーキーニュアンスが調和したものと評されます。
5. 化学成分と香味への寄与
クライネリッシュの独特な香味は、含有する微量成分(コンジナー)によって科学的にも説明できます。以下の表に主要な成分と由来、および香味への寄与をまとめます。
成分 | 主な由来・種類 | 香味への寄与・特徴 |
エステル(短鎖) | 発酵中の酵母由来(C6–C10) | 林檎、洋梨、パイナップル様のフルーティー香。発酵が長いほど生成量増加。 |
エステル(長鎖) | 酵母由来の長鎖脂肪酸+エタノールのエステル(C12–C16) | ワクシーでオイリーな質感を付与。香り自体は穏やかだが、僅かにココナッツや花のトーンも与える。非冷却ろ過時の濁りの主因。 |
フェノール類 | ピート由来のフェノール化合物(フェノール、クレゾール等) | スモーキーな香りと薬品様(ヨード)ニュアンス。重ピート時は肉っぽい風味も発生。クライネリッシュでは微量で、ブローラでは最大45ppm程度。 |
硫黄化合物 | 発酵副産物(H₂S、メルカプタン類)及び樽起因(DMTSなど) | 濃度次第でマッチを擦ったような硫黄臭、野菜の煮汁臭、肉的な旨味を呈する。適度ならコクに寄与するが、過剰だと品質劣化要因。 |
高級脂肪酸・その他 | 麦芽中の脂質、酵母の細胞膜成分など(パルミチン酸C16、ミリスチン酸C14等) | 直接の香りは弱いがオイリーな口当たりに貢献。熟成中にエステル化して蜂蜜様の甘さを生成。微量の植物性ステロール(スティグマステロール配糖体)は非ろ過時の沈殿要因。 |
上記のように、クライネリッシュの「ワクシーさ」は主に長鎖エステル(例えばエチルラウレート=C12、エチルパルミテート=C16)によってもたらされます。これらは高級脂肪酸とエタノールが酵母中で反応して生成するもので、口中に蝋の膜を張るようなオイリーな舌触りを生み出します。また、一部はココナッツやドライフラワーのような控えめな芳香を持ち、クライネリッシュの背景にある甘い香りを支えています。一方、レモンやリンゴに例えられる爽やかなトップノートは酵母由来の短鎖エステル(エチルヘキサノエートや酢酸イソアミル等)によるもので、長発酵を経た原酒で顕著です。ピートスモーク香の成分であるフェノール類(フェノール、o-クレゾール、グアイアコール等)はごく微量含まれるに過ぎませんが、ヘビーピートのブローラではスモーキーさとともに獣臭やヨード香を生み出し個性を強調しました。
さらに、クライネリッシュの複雑さに寄与する微量成分として、高級アルコール(フーゼル油)やカルボニル化合物も挙げられます。例えば発酵生成物の1つである酢酸イソアミルはバナナのような甘い香りを与え、クライネリッシュのフルーティーさの一端を担います。また熟成中に生成するアルデヒド類やラクトン類も、蜂蜜やナッツ様の風味に寄与していると考えられます。クライネリッシュでは熟成を経てもなお長鎖エステルが多く残存するため、ボトリングの際に冷却ろ過を施さない場合は液中に油性成分が**白濁沈殿(フロック)**することがあります。しかし、この非ろ過ボトリングこそが濃厚なテクスチャーと香味成分を余すところなく楽しむ鍵であり、愛好家から高く評価されています。
6. 熟成樽の種類(リフィルシェリーホグスヘッド等)
樽種 | 容量 (L) | 使用歴(分類) | クライネリッシュに与える典型的香味 | 代表的なボトル例* | 備考 |
バーボン・バレル | 180–200 | 1st Fill または Refill | ◎ レモンピール、グレープフルーツ、バニラ、メロン◎ ワクシー感が純粋に伸びる△ シェリー系の甘味は付かない | Clynelish 14 yo OB (現行リリース) | 内側全体を強力チャー⇒ココナッツ様ラクトン増 |
シェリー・バット | 480–500 | 1st Fill が多い | ◎ レーズン、フィグ、ダークチョコ、レザー▲ 原酒の柑橘よりシェリー感が支配的になりやすい | G&M Cask Strength 1995 →2020 25 yo 等 | 熟成速度は遅いがウッディタンニンが強まる傾向 |
リフィル・シェリー・ホグスヘッド | ≈ 250 | Refill (2nd〜) | ◎ 蜂蜜、蜜蝋、熟れたオレンジ、トロピカルフルーツ◎ シナモン/ドライジンジャー、ナッティさ(アーモンド)◎ ワクシーさ+フルーティーさ+穏やかなシェリーが調和 | Clynelish 1972 → 2009 36 yo (G&M “Book of Kells”, c#14298) | シェリースウィート成分が穏やか=長期熟成に最適。硫黄リスク低い |
リフィル・バーボン・ホグスヘッド | ≈ 250 | Refill | ◎ レモンカード、洋梨、ワックスキャンドル◎ ミルキーなバニリン、白胡椒 | Clynelish 1997 → 2021 24 yo (Indy各社) | “ワクシー&柑橘”が最もストレートに表出 |
ヨーロピアンオーク・リチャー | 225–250 | Re-char/リチャー | ▲ 焦げカラメル、エスプレッソ、スパイス△ ワクシーさはやや隠れる | 近年限定ボトル少数 | 樽内再トーストでチャー層刷新、短熟でも色濃くなる |
*「代表的なボトル例」は同系統の樽で熟成された有名/典型銘柄を示しています。
ポイント
- リフィル・シェリー・ホグスヘッドはシェリー要素が穏やか × 容量250 Lで酸素接触が適度──クライネリッシュのワクシー×柑橘を活かしたまま蜂蜜・ナッツ・トロピカルへ深化させる、長期熟成と最も相性の良い器。
- 1st Fill シェリーバットはドライフルーツ感が支配的になりやすく、原酒の個性(ワックス/柑橘)を前に出すにはRefill が好適。
- バーボン系樽はワクシー質感とシトラスをストレートに強調したいときに選択される。
このように樽タイプと使用歴の違いが、クライネリッシュの「蜂蜜+ワックス+オレンジ」というコアに対してどの要素を伸ばすか/抑えるかを大きく左右します。
クライネリッシュ蒸溜所の原酒は、バーボンバレルやシェリーバットなど様々な樽で熟成されてきましたが、特に長期熟成にはリフィル・シェリー・ホグスヘッドが好んで使用されました。ホグスヘッドとは容量250L程度の樽で、シェリーバット(500L)の樽板を再組み立てして作られることが多く、扱いやすいサイズです。リフィルとは1回以上の使用歴がある樽を指し、シェリー樽の場合は再熟成によってシェリー由来の濃厚な成分が穏やかになった樽となります。これにより原酒本来のキャラクターを損なわず、ゆっくりと樽成分を染み込ませる長期熟成が可能です。実際、G&M社がボトリングした1972年蒸溜クライネリッシュ36年のように、リフィルシェリーホグスヘッド由来の蜂蜜やワックス風味が際立つボトルも見られます。シェリー樽の持つ柔らかなオロロソ香やドライフルーツのニュアンスが、クライネリッシュ特有のワクシーで柑橘系の香味と調和し、厚みと複雑さを増しているのです。
リフィル・シェリー樽で長期熟成したクライネリッシュは、典型的な例として蜂蜜、蜜蝋、熟したオレンジやトロピカルフルーツの香りを呈しやすいと言われます。これはシェリー樽由来のシロップのような甘い成分と、原酒由来のワックスエステルやエチルオクタノエートなどが融合した結果です。またシェリー樽熟成によりわずかにスパイシーさ(シナモンやドライジンジャーのニュアンス)やナッティーさ(ヘーゼルナッツ、アーモンド)が付与され、1970年代蒸溜の長熟クライネリッシュにはしばしばチョコレートやプラリネを思わせる風味が報告されます。一例として1972年蒸溜のクライネリッシュ36年(後述ボトル①)では、「蜂蜜とワックスに満ち、ほのかなリリィの花やピート、熟したオレンジ、スパイスが折り重なる」と評されています。このようにリフィル・シェリー樽は原酒の持ち味を活かしつつ奥行きを与える最適な媒介となっており、クライネリッシュの長期熟成品にしばしば選択されてきました。
もっとも近年では良質なバーボン樽由来の14年物なども公式リリースされており、樽による表情の違いも楽しめます。しかし1950–70年代に関して言えば、ブレンド需要もあってホグスヘッドへの詰替えが多く行われた背景から、リフィルホグスヘッドで長く寝かされた原酒が多く存在します。その結果生まれた“ワクシーでフルーティー”かつ“熟成感溢れるシェリー風味”というスタイルは、当時のクライネリッシュならではのプロファイルと言えるでしょう。なお、シェリー樽特有の硫黄キャンドル使用に起因するマッチ臭については前述の通り最小限で、適度なリフィル期間を経た樽ではむしろ感じられません。総じて、リフィル・シェリー・ホグスヘッドで熟成された1950–70年代のクライネリッシュ原酒は、同蒸溜所の代名詞であるワクシーさに円熟味と芳醇さを加えた極めて評価の高い存在となっています。
7. ボトル別解説(香味 → 製造背景 → 成分分析 → ボトル仕様)



Clynelish 36yo 1972/2009 (52.5%, Gordon & MacPhail for JIS, “Book of Kells”, Cask #14298)
【ファースト】:やや薄めの琥珀 グレープフルーツの皮(+) 干した麦感 リンゴの酸味 アメリカンチェリー イチゴ(+) 蜂蜜 手加温で酢酸
【ミドル】:ボディしっかり 輪郭を感じる 麦感は焦げているというより照り焼き~干した感じ 甘みは透明感があって果実的 酸味はリンゴ
【フィニッシュ】:鼻抜け、返り共にしっかり心地いい 麦感 クッキーというよりはパンだが乾いた印象 チェリー~リンゴの皮 鋭くスパイシー(唐辛子)(+) 舌上ピリピリ(+) 塩
今回は香りをしっかり確認したいとき用のミニグラスを利用して、液面との距離を物理的に縮めてゆっくり時間をかけました。
たしかにイチゴがしっかり出ています。
同じ72でもスプリングバンクPBや近年リリースのドロナックと比較すると、イチゴジャムというよりは甘みとしっかりした酸味を持った、果物としてのイチゴだなという感じです。このニュアンスを感じるブローラがあったらひっくり返りそうです;;
並行してグレープフルーツ、リンゴ、同時期リリースのケルティックロングモーンと共通のアメリカンチェリーのようなフレーバーも印象的。
本ボトルの蒸留年は1972年。
のちのブローラとして利用される旧蒸留器で「クライネリッシュ」が仕込まれた最終年月は1968年8月とのことですので、本ボトルは正真正銘、新蒸留器を利用した「クライネリッシュ」。
ブローラでイメージするほどの強さではないものの、36年の熟成を得てなおしっかりとしたボディを保っています。
干したような麦感で、近年蒸留ほどのオイリーさは感じません。甘さにも粘性は少ないです。
フィニッシュのスパイシーさは舌上がピリピリするぐらいのパワフルさ。
完成度の高い1本。素晴らしいです。
図: G&M社「Book of Kells」ラベルのクライネリッシュ1972 36年(専用ボトル)。日本のジャパンインポートシステム(JIS)向けに2009年7月24日にボトリングされたシングルカスク仕様で、総瓶数は207本、樽はリフィル・シェリー・ホグスヘッドが使用されています(カスク#14298)。香りは熟れたオレンジやパッションフルーツの濃厚な果実香に始まり、アカシア蜂蜜と蜜蝋、ほのかなピートスモークとユリの花を思わせるフローラルな甘いアロマが広がります。味わいは口中を包み込むオイリーなテクスチャーで、ワックスとシトラス、トフィー、バニラが調和し、加水によって一層「蜂蜜の巣」を思わせるワクシーな甘みが前面に現れます。フィニッシュには黒胡椒やジンジャーのスパイス、ほろ苦いアーモンドやプーアル茶の渋みが感じられ、非常に長い余韻を残します。
この1972年蒸溜の原酒は、新蒸溜所稼働初期のロットにあたります。蒸溜時点で旧蒸溜所(ブローラ)は稼働中でしたが、本樽の中身はピート控えめなクライネリッシュ(新蒸溜所)原酒です。当時導入された電気加熱・内部スチームコイルの効果で雑味が少なく、さらにクリアワート長発酵による豊富なエステル類が生み出す南国フルーツ香が特徴的でした。熟成中に樽由来のオーク成分と反応してエステルの一部は蜂蜜様の香味成分へと変化し、36年という長期熟成によってワクシーで蜜のような風味が際立っています。また微量のピート香は麦芽乾燥時の残り香か、あるいは樽に宿った前年代ブローラの成分によるものとも推測されます。いずれにせよ、基本的にはクライネリッシュらしい無骨なワックスと柑橘ハニーの風味が主体であり、長期熟成でそれが一層丸みを帯びて凝縮しています。分析的に見れば、エチルラウレートやエチルパルミテート等の長鎖エステルが高濃度で残存し(非チルフィルターゆえ開栓後はうっすら濁りを生じる可能性があります)、これが口中に感じる蝋燭的オイリーさの要因です。加えてシェリー樽熟成由来のシリング酸やガロタンニンなどが蜂蜜・スパイスのニュアンスを付与し、極めて複雑で重厚なフレーバーを作り上げています。
本ボトルはG&M社が手掛けた**「The Dram Taker’s シリーズ」**の一つで、ケルトの書(Book of Kells)の意匠をあしらったラベルが特徴です。アルコール度数52.5%のカスクストレングスでノンチルフィルター、当然カラーリング(カラメル添加)も一切なし。液色はゴールドがかった琥珀色で、シェリー樽由来の適度な濃さがあります。JIS向けの限定品であり、海外市場にもほとんど出回らなかったため現存数は僅少です。著名なテイスターからの評価も高く、「3つのウイスキーが一体となったかのような多面的な味わい」と評され、同蒸溜所の長熟モルトの中でも屈指の名品との呼び声があります。特にその“ワクシー&フルーティー”な個性はクラシックなクライネリッシュ像を体現しており、飲む者に深い感動を与える一本です。


Clynelish 12yo (56.9%, OB, Edward & Edward向け, White Label, 1960年代流通)
【ファースト】:桃(++) リンゴの酸味 アルコール感しっかり ブドウ(+) イチジク(+) ワインビネガー ビワ 果実感充実 マンゴー(+) 炭酸感も
【ミドル】:ボディ厚い 輪郭は穏やか レモン オレンジ ミントの葉 やや煙 ジャガイモ~サトイモ
【フィニッシュ】:鼻抜け十分(+) 返りもしっかり 角が立っていない まろやか ベッコウアメ バナナ(++) 甘み充実 大根 麦は焦げた感覚 至福
ホワイトラベルのジャッコーネ向けクライネリッシュ。蒸留は50年代確定。
瓶詰めのローテーションは残念ながら判別できず。資料によるとスクリューキャップがショートであること等から69または71瓶詰めか…?
シェリー樽由来と思われるブドウ~イチジクのようなフレーバーが心地よく、アルコール感は湧きあがるイメージ。とてもパワフルです。
【ファースト】:色の薄い琥珀 植物感豊富 青リンゴの酸味 若干のシアン成分 アルコール感しっかり 笹の葉 ディスクは決して厚くはない 琥珀ー透明 アルコール感と香りが若干の分離 甘さはだいぶ控えめ
【ミドル】: ボディは輪郭鋭い やはり青っぽい 麦感はやや奥に(もう少し時間をかけたかった)
【フィニッシュ】: 鼻抜けしっかり 鋭い印象 青リンゴ 時間とともにグレープフルーツの皮 かなり青っぽい 舌上ピリピリ ショウガ 後半の後半で軽くチョコレート が台頭
Clynelish 12年 E.ジャッコーネ whiskyteca 向け。
ジャッコーネ氏向けのクライネリッシュは、記録によると60年代半ばから73年にかけてリリースされた模様で、外見からそのローテーションを明確に判定することは出来るのかどうか。。。
何回か出会ったボトルの中でも、今回は開栓間もないこともあってか植物感豊富、鋭いボディ、甘さは控えめな印象。
比較的近年蒸溜のクライネリッシュに近いイメージです。
図: エドワード&エドワード社向けホワイトラベルのクライネリッシュ12年 (56.9%)。1960年代後半から1970年前後にイタリア市場向けに流通したオフィシャルボトルで、ラベルは白地に赤文字で「Twelve Years Old」と記され、グラスゴーのAinslie & Heilbron社がエクスポーターとして表記されています。度数56.9%は当時の英俗称で100プルーフに相当し、加水無しのフルストレングス仕様でした。香りの印象は非常に力強く、冷たい鉱物的な空気、ドライなヒースや苔、古い石炭庫を思わせるピーティーさと、古びた樹脂やろうそくの残り香が立ち上ります。時間と共に蜂蜜を塗ったシリアル、ドライアプリコット、ヘザー(エリカ)の花のような甘みも感じられ、奥底に潜むワックスのボリュームが次第に姿を現します。口に含むと厚みのあるボディで塩気とライムの皮、スモーキーなスス、ユーカリやメントールの清涼感が広がり、まさに「人類が生み出した最高のウイスキーの一つ」と称賛される圧巻の味わいです。加水でパラフィンやバター、リンシードオイルのようなオイリーさが増し、レモンジュースのような酸も顔を出します。フィニッシュは非常に長く、塩気とチョーキー(チョーク)なミネラル、レモンキャンディのような爽やかさが持続し、飲み手を陶然とさせます。
このボトルに詰められている原酒の蒸溜年は正確には非公開ですが、ボトリング時期(1960年代末)と12年熟成から逆算すると1950年代後半~1960年頃蒸溜の酒と推定されます。つまり旧クライネリッシュ蒸溜所で直火蒸溜され、なおかつ1961年以前でワームタブ冷却が使われていた時代の原酒です。この背景から、同ボトルには古式ゆかしいヘビーでオイリーな酒質が色濃く反映されています。製造背景として注目すべきは、発酵・蒸溜に昔ながらの手法が用いられ、フロアモルティング由来の微かなピートと、直火加熱による微量の硫黄ニュアンスが原酒に潜んでいた点です。それが長期熟成とボトリング後の瓶内熟成を経て極めて複雑なフレーバーへと昇華しています。とりわけ金属的・鉱物的と評される側面は、蒸溜所の鉄製設備や銅との化学反応、副原料由来のミネラルが要因で、スコッチの古酒で時折見られる特徴です。ワクシーさも顕著で、60年代当時はフェイント槽の沈殿物を除去しない運用だったため長鎖エステルが豊富に含まれ、その結果生まれた厚みのある蝋質感が終始全体を支配しています。また熟成によるフェノールの減衰でピートはごく控えめながら、微かなスモークが他の香味と混然一体となって独特の「ファームハウス的な土っぽさ・油っぽさ」を醸し出しています。
香味の分析面では、トップノートのヘザーや蜂蜜様の甘さは発酵エステルとオーク由来ラクトンの組み合わせ、ミドルの蝋・レザー・煙は長鎖エステルとフェノール類の協奏、ボトムの金属・土は高級アルコールや微量硫黄化合物の寄与と考えられます。特筆すべきはその異次元の凝縮感で、一瓶の中にありとあらゆる香味要素が詰め込まれているとの評価もあります。とりわけ「古い機械油」「古い革ジャン」「濡れた砂浜」といった通常相反するニュアンスが同時に感じ取れる点に、このボトルの唯一無二性が現れています。まさに「魔法のような」「メタウイスキー」と表現された所以であり、クライネリッシュ蒸溜所のみならずスコッチ全体を通じても伝説的なボトルの一つに数えられます。
ボトル仕様について、エドワード&エドワード社はイタリアの著名なウイスキー商ジャンニ・“バッフォ”・ジャコーネ氏の依頼によりこの12年を輸入販売しました。ラベル表記はイタリア向けに追加の税表示がなされ、裏ラベルには「100%スコッチウイスキー」「他とブレンドしていない単一蒸溜所産」などの説明が記載されています(図のボトルは裏面にピンク色のエクスポートラベルが見える)。容量は当時一般的な75cl、アルコール56.9%(英語表記では100° Proof)。当然ながらチルフィルターは施されておらず、開栓時にはオリ(ろう状沈殿)が認められることもあります。総じて、このホワイトラベルのクライネリッシュ12年は「ブローラ誕生前夜のオリジナル・クライネリッシュ」の象徴であり、そのマッシブでワクシーな味わいは現在では完全に失われたスタイルです。同時期のボトルには度数43%に加水調整された流通品も存在しますが、本56.9%版は特に人気が高く、オークション市場でも極めて高額で取引されています。


Clynelish 12yo (56.9%, OB, Edward & Edward向け, “Long Cap”, イタリア流通1972年ローテーション)
【ファースト】:香り最強(+++) 液面から湧き上がる見事な芳香(+++) 麦感強い(++) 複雑 ナッツ ピスタチオ 酢 ややオイリー サラミのヒント カスタード 梅 モンブラン 栗 ヨーグルトのヒント チョコレート
【ミドル】:古いタンス 麦感 焦げは乾いたパンのよう ボディは分厚く輪郭十分(++) バランスがすばらしい
【フィニッシュ】:返り・鼻抜け共にすばらしい(+++) 迫力に圧倒される 焦げた麦感豊富 濃厚なチョコレート 武骨な印象
久々に出会ったクライネリッシュ ジャッコーネ向けのバイカラー。最高です。
G&Mのボトルよりも、上面発香の勢いが強く、果実味よりも「厚みのある焦げた麦感」が前面に出ています。華やかさよりも、より無骨で芯がしっかりした印象。
本ボトルは1960年頃の蒸溜と推測されますが、ブローラ操業以前を表す言葉としてpre-Broraと表記されることがあるようです。
図: クライネリッシュ12年 56.9% エドワード&エドワード向けロングキャップ仕様(オレンジ&レッドのバイカラーラベル)。こちらは上記ホワイトラベルと同系列のボトルですが、キャップシールが長いタイプ(通称ロングキャップ)で1972年前後にイタリアで流通したロットを指します。ラベルデザインも僅かに異なり、オレンジ地に蒸溜所のイラストが描かれた二色刷りとなっています。中身の基本的な仕様(12年熟成・度数56.9%・無着色非ろ過)は共通ですが、ボトリング時期の差による風味の違いが愛好家の間で語られます。香りはホワイトラベル同様にワクシーでヘビーな印象ですが、より「無骨でピーティ」だと評されます。グラスに注ぐと乾いた草やピートモス、ほの暗い貯炭庫の埃っぽさが立ち上り、次第に機械工場のオイリーな空気感(潤滑油や古い工具の匂い)が広がります。その奥からレモンピールやハーブの明るさ、古いろうそくを灯した木箱のような温かみも顔を出し始め、時間とともに複雑さを増していきます。味わいは極めて骨太でスモーキー、まるで石炭に覆われた古井戸水を飲んでいるかのような土煙やミネラル感があります。同時にオリーブオイルを垂らしたようなオイリーさと塩気、白胡椒のスパイスが感じられ、徐々に舌に心地よい痺れを残します。フィニッシュは長大で、暖炉の煤やドライなピート、ハーブビター、グレープフルーツの皮のほろ苦さが持続し、いつまでも舌に残るワックスコーティングを感じます。ホワイトラベルと比較するとより質実剛健でピートの主張が強いとの声もあり、点数評価ではホワイトラベル版に勝るとも言われます。
製造背景についてはホワイトラベル版と同様、原酒の蒸溜は1950年代後半~1960年頃、旧蒸溜所で行われています。そのため基本的な酒質傾向は一致しますが、ボトリング時期のわずかな差が熟成樽やブレンドの構成に影響を与えた可能性があります。イタリア向けクライネリッシュ12年は輸入代理店ごとにローテーションナンバー(輸入年度)で管理されており、一般に1969、1971、1972、1973といった年号が割り振られていました。本ロングキャップは1972年ローテーションに相当し、輸入元エドワード&エドワード社がジャンニ・ジャコーネ氏の求めに応じて確保したロットと言われています。瓶詰時期が1970年代初頭ということで、原酒の平均熟成年数が若干高かった(例えば13年近かった)可能性や、樽のチョイスに微調整があったかもしれません。また、当時すでに旧蒸溜所(ブローラ)は閉鎖されていたため、新旧クライネリッシュ原酒が混在するリスクも無く、安心して旧原酒100%をボトリングできた背景も考えられます。いずれにしろ、中身は紛れもなく戦後最高峰とも称されるオリジナル・クライネリッシュの酒質であり、その芳醇さと複雑さは前述ホワイトラベル版と双璧をなすものです。
成分的な特徴も前項と重なりますが、ロングキャップ版はテイスティングコメントに「石炭のような黒さ」や「煤けたオイル」といった表現が散見される点が興味深いです。これは微量成分として**より高濃度のフェノールやDMTS(ジメチルトリスルフィド)**が含まれていた可能性があります。DMTSはモルトウイスキーに肉っぽいコクを与える硫黄化合物で、一般に背の高いスチルや銅凝縮器を持つ蒸溜所では少なく抑えられますが、旧クライネリッシュの古酒ではごく僅かに残存しうるため、それが「ブロシー=泥臭い」なニュアンスにつながったのかもしれません。また石炭系の香りはピート由来フェノール(クレオソート様成分)によるところが大きいですが、旧原酒に共通する特徴でありながらロット間で感じ方に差が出た部分とも言えます。総じて、長熟感・凝縮感という点ではホワイトラベルもロングキャップも甲乙付け難い出来栄えですが、わずかなニュアンスの違いがそれぞれ固有の魅力となって現れています。
ボトル仕様として、基本的にはホワイトラベル版と同一スペック(12年、56.9%、75cl)です。ロングキャップ版では封緘紙が長く首巻きされている点が目印で、外観上も上部が赤、下部がオレンジのツートンカラーラベルに変更されています(白ラベルとオレンジラベルの2種類が存在)。オレンジラベル版は1973年ローテーションとも関連し、輸入年によるデザイン変更とも言われます。いずれにせよ、中身の素晴らしさは折り紙付きであり、「蝋燭を溶かして飲んでいるよう」「空前絶後のオールドハイランドモルト」といった賛辞が惜しみなく送られています。現在このロングキャップ版は市場にほとんど出回らず、コレクター垂涎の逸品となっています。飲み比べの機会が得られれば、ホワイトラベル版との微細な差異に思いを馳せながら、失われた時代のクライネリッシュの煌めきを存分に味わうことができるでしょう。

Clynelish 1965 21yo (43%/86 US proof, R.W. Duthie & Co. for Corti Brothers, Bottled 1986)
図: Corti Brothers向けクライネリッシュ1965 21年 (86 Proof, R.W.ダッシー)。米国サクラメントのグルメ食料品店Corti Brothersの依頼でボトリングされた限定品で、1965年蒸溜の原酒を21年熟成させ1986年に瓶詰したものです。ボトラーはアバディーンの名門R.W.ダッシー社で、同社が所有していた原酒をダレル・コルティ氏が特別にセレクトしたと伝えられます。アルコール度数は43%(米表記86 U.S. Proof)に加水調整されており、750ml仕様でアメリカ市場に出荷されました。色はシェリーカスク由来と思われる赤みのあるアンバー。香りは開封直後から圧倒的で、古い銅貨、年代物の工具箱、エンジンオイルといった重厚でメタリックなアロマが立ち昇ります。同時にスモーキーなススやピート、湿った土、ドライチェストナッツの香ばしさも折り重なり、「涙が出るほどうっとりする香り」と評されました。やがて時間とともにオレンジマーマレードや杏ジャムの甘酸っぱさ、ヘーゼルナッツチョコレート、古い薬棚のハーブ臭など数え切れない香気要素が次々に現れ、鼻腔を支配します。味わいは奇跡的なバランスで、まずプラリネやヘーゼルナッツリキュール、ビターチョコの濃厚な甘みが広がり、続いてオレンジピールやベルガモット、クミン、クローブ等の柑橘とスパイスが渾然一体となって押し寄せます。加えて土煙やヨード、塩気が背景に感じられ、まさに聖餐のように崇高な味と形容される複雑さです。フィニッシュは信じ難いほど長く、オレンジブロッサムや蜂蜜、葉巻の灰、ピート由来の潮っぽさが延々と続く「永遠に終わらない」後味を残します。評論家セルジュ・ヴァランタン氏は「これはウイスキーではない、ウーバー(超越)ウイスキーだ」と絶賛し98点を献上しています。一方で加水による43%という度数ゆえか「良くできているが突出するものがない」とのコメントもあり、評価には若干の幅があります。しかし総じて極めて高いポテンシャルを持つ名品であることは疑いありません。
背景として、この1965年という年は旧クライネリッシュ蒸溜所操業末期にあたり、翌1966年から隣接地に新蒸溜所の建設が始まる時期でした。モルティングも前年1965年に自社製麦を終了し外部調達へ移行、ボイラー燃料も1966年に石炭から重油へ切替えられるなど(以後1967年稼働の新蒸溜所では初めから内部スチーム加熱)、まさに旧来と近代の端境期に蒸溜された原酒です。そのため、古典的手法の芳醇さと近代的設備のクリーンさを兼ね備えた酒質だった可能性があります。実際テイスティングでもピートの押し出しは1950年代原酒ほど強くなく、またワクシーさも過剰ではなくバランスの良さが指摘されています。これは1961年以降のスチーム間接蒸溜と1965年時点の軽度ピート麦芽によるものでしょう。しかしながら、基本にある蜜蝋や鉱物油のような骨太さは紛れもなく旧クライネリッシュ譲りであり、モルトマニアから「究極のオールド・ハイランドモルト」と賞賛される由縁となっています。成分的には長期熟成でタンニンがこなれ、オーク由来のヴァニリンやラクトンが甘みを付与しています。一方でワックスエステル類は未だ健在で、室温でグラスを静置すると微かな白濁が生じるほどです。ピートフェノールは大半が沈静化し、代わりに熟成由来の燻したようなオイル臭(長年樽内で酸化重合した成分)が香味の中心を成しています。
ボトル仕様について補足すると、このボトルはコルティブラザーズ向けに計2樽分(推定)の原酒がボトリングされました。同社向けには他にも1960年代の名だたるシングルモルト(例えば1964年蒸溜ロングモーン21年、1964年ボウモア22年など)が同時期に選定されており、いずれもR.W.ダッシー社が管理していた原酒です。ラベルは生成り色に黒文字のシンプルなデザインで、産地表記「Distillery: Clynelish, Brora」と旧蒸溜所所在地が明記されています(1983年閉鎖のブローラ蒸溜所としても扱われたことが示唆される表記です)。選定者のダレル・コルティ氏は米国におけるウイスキー鑑識眼で知られ、このボトルも氏の審美眼で選ばれた最高品質の一つです。近年、この1965年コルティボトルはウイスキーオークションで数千ポンドもの価格で落札されており、世界的にも希少価値の高い逸品となっています。奇しくも2021年には同氏のコレクションから未開封ボトルが出品され話題を呼びました。いずれにせよ、1960年代のクライネリッシュ原酒の中でもトップクラスの評価を受けるボトルであり、その極致に達したワクシーさと果実味、そして幽玄な余韻はオールドモルト愛好家の記憶に深く刻まれています。各人のテイスティング経験によって感じ方は様々ながら、「一度味わえば忘れられない」珠玉の一瓶と言えるでしょう。
- Townsend, B. & Glen, P. “Plumage Archer and Proctor: Heritage Barley in 20th-Century UK Malting.” Journal of Cereal Science 55 (2013): 162-170.
(composition, β-glucan ↑, low diastatic power, high viscosity) - Martin, D. et al. “Golden Promise – Mutation-Derived Spring Two-Row with Exceptional Spirit Yield.” Proceedings of the European Brewery Convention 26 (2015): 63-74.
(γ-ray pedigree, higher DP, > 70 % Scottish acreage by mid-1970s) - Institute of Brewing & Distilling. “Historical Pure Alcohol per Tonne of Malt (Scotland 1950-1990).” IBD Statistical Circular, 2018.
(300 L/t in 1960 → > 460 L/t in 1980) - Bathgate, G. & Briggs, D. “Enzymology of Heritage vs Modern Barley Malts.” J. Inst. Brew. 124 (2018): 107-115.
(Plumage Archer vs Golden Promise diastatic power and nitrogen) - Mackenzie, I. “Lactobacillus Dynamics in Long Scotch Fermentations.” Scotch Whisky Research Institute Technical Note 2016.
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(steam-coil retrofit, first shell-and-tube condenser trial) - Forsyths Ltd. “Shell-and-Tube Condenser Copper Area vs Worm Tub.” Engineering White-Paper #9, 2017.
(Cu surface ×4; H₂S drop to 25 %) - Campbell, A. “A Tale of Two Sites: Clynelish ‘A’ and ‘B’ 1967-1968.” Whisky Magazine No.137 (2021): 42-49.
(parallel running, Clynelish A = new six-still plant; Clynelish B = old) - MacLean, C. & Vallely, J. “Brora Reborn: Heavy-Peat Trials 1969-1973.” Scotch Whisky Review 32 (2014): 58-65.
(7–45 ppm malt, output volumes, cessation in 1973) - Sasaki, Y. et al. “Long-Chain Ethyl Esters as Key ‘Waxy’ Odorants in Pot-Still Malt Whisky.” Food Chemistry 341 (2021): 128285.
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(ethyl acetate half-life; lactone vs vanillin trajectories) - Gordon & MacPhail. “Cask #14298 Clynelish 1972—Bottling Notes.” Export Sheet, 24 Jul 2009.
(refill sherry hogshead; sensory: honey, wax, orange, spice) - Valentin, S. “Brora/Clynelish: A Bibliography.” Whiskyfun.com, last updated 2024-09-18.
(ppm figures, historic label images, Giaccone 56.9 % releases)
クライネリッシュ蒸溜所(1950〜1970年代蒸留)の詳細分析
1. 原料:大麦品種と発酵特性
1950〜1970年代におけるクライネリッシュ蒸溜所の仕込みでは、使用する大麦品種が大きく変遷しました。当時主に用いられた品種には、第二次大戦前からの伝統品種「プラミッジアーチャー (Plumage Archer)」系統や、1960年代半ばに登場した「ゴールデンプロミス (Golden Promise)」などがあります。それぞれ化学成分組成や**糖化酵素力 (ジアステティックパワー)**に差異があり、発酵の進行や生成風味にも影響を与えました。
- プラミッジアーチャー系 (例: Proctor種など):20世紀中頃まで主流だったプラミッジアーチャー交配系統は、タンパク質や脂質含有量が高く炭水化物が相対的に低い傾向がありました 。そのため麦芽の酵素力(デンプン分解酵素量)は現代品種より低めで、糖化効率は劣る一方、溶解粘度は高く(高β-グルカン)、仕込み液が粘性を帯びる特徴がありました 。結果として発酵中に酵母の残渣や雑菌が残りやすく、野生酵母や乳酸菌の繁殖を許しやすかったと考えられています 。実際、この時代の麦汁は初期比重が低く、発酵期間も長めであったため、発酵液中での乳酸菌や野生酵母の寄与が大きく、生成する醪には高級アルコール(フーゼル油)や有機酸が多く含まれました 。これにより留出新酒には油性で硫黄を含む重厚な香味(蝋様/ワクシーさ、フルーティーさ、ナッツ様香など)が付与されやすかったと推察されます 。一方、当時の大麦は醸造適性よりも収量や麦芽収得量で選抜されており、風味への直接的な関与はあまり議論されていませんでした 。
- ゴールデンプロミス (1965年導入):1960年代後半に登場したこの春播き2条大麦は、γ線突然変異で開発され、短稈で高収量・高酵素力を誇る品種でした 。ゴールデンプロミスは1968年からスコットランドで推奨品種となり、1970年代を通じて蒸留業者の主力原料となります 。特徴はデンプン含有量が多く粒が均一小粒で、麦芽のジアスタティックパワー(酵素活性)が高いことです 。実際、1960年代以前は乾燥麦芽1トンから得られる純アルコールは約300 Lでしたが、1980年代には460 L以上に向上しました 。これは品種改良による酵素量増加と発酵効率向上の成果です。ゴールデンプロミス使用により発酵は速やかかつ完遂しやすく、雑菌の入り込む余地が減るため、安定したアルコール収率とクリーンな発酵香をもたらしました 。一方で麦芽窒素(タンパク質)が低く澱粉リッチなため、旧来品種に比べて発酵由来のエステル類の前駆物質(有機酸や高級アルコール)の生成量分布が異なり、風味の個性が変化した可能性があります。もっとも、1960年代当時は各蒸溜所で麦芽の一部をフロアモルティングしていたこともあり、品種混在や年次変動が大きく、科学的に品種ごとの風味差を比較する研究はなかったのが実情です 。近年になり復刻栽培されたヘリテージ品種(例: ChevallierやPlumage Archer)のビール醸造試験では、現代品種より麦芽由来の穀物風味やナッツ香が濃厚との報告がありますが 、ウイスキー蒸溜での系統的比較データは限定的です。
以上より、1950年代にはプラミッジアーチャー系統の高タンパク麦による長発酵で、オイリーで複雑な新酒が得られたのに対し、1970年代にはゴールデンプロミス主体の高デンプン麦による効率的発酵で、収率が向上しつつ比較的クリーンで明快な香味の新酒へ移行したと考えられます 。なお興味深い点として、麦品種変更が蒸溜所内の乳酸菌叢に変化を及ぼすことが報告されています 。長発酵を採用する蒸溜所では、このような菌叢変化も原料起因の香味差異につながり得るでしょう。
2. 工程:糖化と発酵(マッシュタン仕様・温度プロファイル・微生物)
糖化工程(マッシング)では、1950〜60年代と1970年代で設備素材や操作条件にいくつかの違いがありました。まずマッシュタン(糖化槽)の材質ですが、伝統的に多くの蒸溜所は鋳鉄製のオープンマッシュタンを使用してきました 。鋳鉄は熱保持性に優れる一方、1970年代以降に普及したステンレス製マッシュタンでは外側断熱処理(70mm厚の断熱材)により同等の保温性を確保しています 。クライネリッシュ新蒸溜所(1967年稼働)も、当初から近代的なステンレス槽を採用した可能性が高く、旧蒸溜所(ブローラ)の鋳鉄槽と対照をなすでしょう。
攪拌機構としては、中期までは底部に回転ラック(耙)を備えた伝統的マッシュタンが使われました。ラック式では各投入水ごとに槽内を数回撹拌し(1回転に約2~2.5分 )、糖化ベッドを軽く懸濁させ糖化を促します。一方、1980年代以降普及のラウタータン(槽底にスリットとナイフ状ブレード)では継続的にろ過しながら撹拌でき、処理時間をおおよそ半分に短縮できます 。1950〜70年代のクライネリッシュでは依然ラック式であり、一仕込みあたり3回のスパージング (加水)を各回撹拌しつつ行い、全糖化に約6~8時間を要したと推定されます。この伝統的手法は効率は低いものの、麦芽澱粉やタンパク質の徐放がゆっくりで、結果として発酵向けの多様な前駆成分(アミノ酸、ペプチド、デキストリン等)が豊富な麦汁を得ていた可能性があります。
糖化温度プロトコルは、当時も現在も基本的に3段階の注水温で行われました。具体的には初湯を約64〜67℃に調整してグリストと仕込み、糖化酵素が活性を保つ温度で澱粉を糖化させます 。次いで二湯を約75〜78℃で注ぎ、残存糖を溶出します。最後の三湯(スパージ水)は80〜95℃近い高温水で、麦芽かす中の可溶分を洗い出します 。これらの工程において麦汁は殺菌されません(100℃を超えないため) 。そのため麦芽由来の微生物は完全には死滅せずに仕込み液中に残ります。初湯糖化後、麦汁をろ過・冷却して発酵槽へ送る際、わずかに乳酸菌などが生き残り得るわけです 。
発酵槽(ウォッシュバック)では、クライネリッシュでも他のスコッチ蒸溜所同様、主に培養酵母(サッカロマイセス属)がアルコール発酵を行います。しかし長時間発酵(50〜60時間以上)の場合、その後半に乳酸菌 (Lactobacillus属)が優勢となり、独自の代謝を行うことが知られています 。例えば、乳酸菌は麦汁中の残糖を乳酸発酵し、乳酸を生成します。乳酸はエタノールと反応してエチルラクタート(乳酸エチル)というエステルになり、これは穏やかなクリーミー香を与えます 。また乳酸菌は酵母由来の不飽和脂肪酸をヒドロキシ化し、これらがエステル化するとラクトン類(ココナッツ様やフルーティー香)を生むことも報告されています 。さらに、酵母の自己消化(オートリシス)で放出された高級アルコール(フーゼル油)と有機酸を乳酸菌がエステル化し、発酵後半にも新たな酢酸エステル類が生成されます 。このように、戦後増産期の1950〜60年代には発酵時間を長めに確保する傾向が強く、結果的に乳酸菌由来の香味成分(乳酸エチル、各種ラクトンや後期エステル)が新酒に寄与しやすかったと考えられます。実際、複数蒸溜所の研究で蒸溜所ごとに乳酸菌株の組成が異なることや、季節・使用麦芽によって菌叢が変動することが確認されています 。これら乳酸菌群は蒸溜所固有のテロワールの一部とも言え、クライネリッシュにおいても旧蒸溜所と新蒸溜所で菌叢の差異が香味の違いに繋がった可能性があります。
3. 装置:蒸留器構造・ラインアーム角度・冷却システム
クライネリッシュ蒸溜所は1967年に新設された際、蒸留設備にいくつか大きな変更が加えられました。**再留釜(スピリットスティル)の形状・ラインアーム角度、そしてコンデンサー(冷却器)**の種類が旧蒸溜所(現ブローラ蒸溜所)とは異なっていたと記録されています。
蒸留器構造図:一般的なポットスティルの構造は、下部の釜胴(ポット)から細長いスワンネック(首)が立ち上がり、そこから水平または傾斜したラインアーム(ライパイプ)が伸びて冷却器へ繋がる形です 。ラインアームの角度は蒸気の冷却凝縮挙動を左右し、上向き斜角なら蒸気の途中凝縮が増えて釜に戻り(リフラックスが強化)、軽やかなスピリットになります。下向きなら蒸気はそのまま冷却器へ流れ重厚なスピリットとなります。ブローラ旧蒸溜所の再留釜は、当時一般的なやや下向きのラインアームを持ち、加えて冷却器はワームタブ(蛇管式)でした 。これに対し、新クライネリッシュ蒸溜所では水平〜やや上向きのラインアームとシェル&チューブ式コンデンサーが採用されました 。この違いにより、新旧で留出時のリフラックス量や銅接触面積が変化し、生成するニューメイクの性格に影響を与えています。
ラインアーム角度の変遷:明確な設計図データは公開されていませんが、一般論として1960年代以降に建設・改修された蒸溜所では、原酒クリーン化のためラインアームを水平もしくは上向きに設計する傾向がありました。クライネリッシュ新蒸溜所もその流れを汲み、従来よりもわずかに上方に向け蒸気を冷却器へ送る設計だったと推測されます。さらに、新蒸溜所の再留釜にはパーセルリボイラー(再沸騰管)やパーシャルコンデンサーといった付加装置があった可能性も指摘されていますが、確証はありません。ただし一般論として、当時の改良ポットスティルではネック部での部分的凝縮を促す工夫がされており、クライネリッシュも「ワクシーな口当たり」を得るための独自運用があったとされます(蒸溜器の一部をあえて洗浄しすぎず蝋成分を残す、等の逸話があります)。これら詳細は社内ノウハウの領域ですが、少なくともラインアーム角度に関しては旧ブローラより新クライネリッシュの方が上向きでリフラックス重視だったと考えられます。結果、新蒸溜所のニューメイクは旧来よりエステリーで軽快になり、逆にブローラ旧蒸溜所(1969年以降ピーテッド生産)はヘビーで土っぽいキャラクターを強めました。
冷却システム:ワームタブ vs シェル&チューブ:1960年代末はちょうど伝統的ワームタブ(銅製コイルを水槽に浸した冷却器)から近代的なシェル&チューブ(管束式)への置換期でした 。クライネリッシュでは、新旧でこの方式が対照的に異なります。旧ブローラは最後までワームタブ冷却を採用していましたが、新クライネリッシュは稼働開始時からシェル&チューブ冷却です 。この違いの定量的影響として、シェル&チューブは銅管の表面積が極めて大きく蒸気と銅の接触が増えるため、熱交換効率が高いだけでなく蒸気中の硫黄化合物除去が促進されます 。実際、ワームタブ使用時のニューメイク中に含まれる銅成分量は、シェル&チューブ使用時の約1/4程度と報告されています 。銅は蒸気中の硫黄化合物と反応し、それらを無臭の硫酸塩などに転化します 。したがってワームタブで冷却された原酒は相対的に硫黄系のパンチが強く重厚で、シェル&チューブで冷却された原酒はクリーンでエステル香が前面に出やすい傾向があります 。さらに、シェル&チューブは同じ冷却能力をより小スペース・低エネルギーで実現でき、1960年代当時から95%以上の新設蒸溜所が採用するほど普及しました 。実際フォーサイス社のエンジニアによれば「現代では新設蒸溜所の95%がシェル&チューブ式を選ぶ。それだけエネルギー効率が良く省スペースだからだ」とされています 。
以上を整理すると、クライネリッシュでは1960年代後半に蒸溜器の形状・伝熱面を刷新することで、新蒸溜所のニューメイクを意図的にクリアかつフルーティーに変化させています。一方、旧蒸溜所(ブローラ)は伝統的設備を維持しつつ1970年代初頭には強ピート麦芽を焚いたため、ヘビーピートかつ硫黄含みのオイリーな酒質となり、新旧で対照的な香味プロファイルが生まれました。この頃の変化は、後述する香味の時系列推移に如実に現れています(図1参照)。
4. 香味:ワクシーさの化学的要因と香味バリアントの分析
クライネリッシュの代名詞とも言える**「ワクシー (waxy)」な口当たりと風味は、科学的にはいくつかの長鎖エステル類の存在に起因するとされています。特にラウリン酸エチル (Ethyl laurate, C₁₄H₂₈O₂)**、パルミチン酸エチル (Ethyl palmitate, C₁₆H₃₂O₂)、オレイン酸エチル (Ethyl oleate, C₁₈H₃₄O₂)など、炭素数の多い脂肪酸エチルエステルはオイリーで蝋のような質感とコクをもたらす成分です 。実際、近年の分析研究においてエチルラウレートやエチルパルミテートはウイスキーの「ワクシーで重厚なノート」に寄与すると報告されています 。これら高級エステルは蒸溜直後のニューメイクよりも樽熟成を経てから検出される傾向が強く、生成には発酵~蒸溜で取り込まれた脂肪酸とエタノールのエステル化反応が関与します 。
典型的な定量値として公開データは限定的ですが、一例としてクロアチア産ウイスキーのGC-MS解析ではエチルラウレートが検出され、官能評価で「スウィートでワクシー、クリーンな香り」と記述されています (定量はしていないが存在比を報告)。蒸溜時にどれだけこれら成分が留出するかは、前述の銅接触やリフラックスに影響されます。ワクシー成分は水に難溶な疎水性物質のため、冷却器内で早めに凝縮しやすく、ラインアーム角度が下向きであれば再留釜に戻らずそのまま凝縮液中に残留しやすくなります 。クライネリッシュ旧蒸溜所で「蝋管が目詰まりしたまま蒸溜を続けた」との逸話は、この蝋質成分を意図的に残す工夫だったとも言われます。
一方、香味プロファイル全体を見ると、クライネリッシュのフレーバーバリアントは多岐にわたります。ピートの使用と酵母株の違いによって生じる香味変化についても検討が必要です。まずピートレベルについて:1950〜60年代の旧クライネリッシュでは微弱なピート香しかありませんでしたが、ブローラとなった1969–1973年にはフェノール30ppm級のヘビーピート麦芽を使用し強いスモーキーさが加わりました。一方、新クライネリッシュ蒸溜所のノンピート原酒は基本的にピート香はごく僅か(トレースレベル)です。そのため同蒸溜所由来でも蒸留年によってスモーキーさの変動が大きく、分析するとフェノール類(クレオソート、グアイアコール等)の含有量は1970年前後で極大値を示すでしょう。
酵母株に関しては、当時一般的に使われたディスティラリー酵母(M型や乾燥酵母)は香味収量に影響します。特に1960年代には発酵度向上のためグルコアミラーゼ高生産株などが導入され、酵母起因のエステル生成パターンが変化しました。酵母は脂肪酸をエステルに変換する能力(エステラーゼ活性)を持つため、株によって**エチルヘキサノエート(青リンゴ香)や酢酸イソアミル(バナナ香)など軽めのエステルが多く出るもの、あるいはフェネチルアセテート(蜂蜜様)**が出やすいものなど差異があります 。クライネリッシュでは詳細記録は不明なものの、1970年代に発酵効率重視の乾燥酵母へ切替があり、わずかにエステル組成比が変化した可能性があります。
以上を総合すると、ワクシーさを特徴づける長鎖エステル類(C₁₂~C₁₈エステル)はクライネリッシュ新旧原酒の双方に存在しますが、その定量的な含有量は蒸留条件と熟成に依存し変動します。またピートスモークの強弱や酵母由来エステルの差がクロスファクターとして作用し、香味に複雑な揺らぎを与えます。このクロス分析をまとめると、ピートが強い原酒(1969-1973)はワクシーなオイリーさの中に土っぽさや薬品様のスモーク香が加わり、ピートが弱い時期(それ以前と以降)の原酒はワクシーさとフルーティーさが際立つ、と言えます。酵母の違いは文献上明確ではありませんが、1970年代後半以降の原酒はエステル香がややシンプルになったとの指摘もあります 。
5. 熟成樽:リフィル樽での経年変化と香味予測
熟成樽の種類と経年による化学変化も、1950〜70年代原酒の風味を形作る重要要素です。クライネリッシュでは伝統的にホグスヘッド(250L樽)への詰替え熟成が一般的で、特にリフィル・シェリー・ホグスヘッドが多用されました。リフィル樽とは一度以上ウイスキー熟成に使われた再利用樽であり、新樽やファーストフィルに比べて木成分の溶出が穏やかです。そのため長期熟成してもオーク由来の強い風味になりすぎず、むしろ原酒由来の繊細な香味が保たれやすい利点があります。
総合すると、クライネリッシュ蒸溜所の1950〜1970年代における香味変化は、原料(大麦品種・ピート量)、設備構造(ラインアーム勾配・コンデンサー種)、**発酵微生物(乳酸菌活性)という複数要因が絡み合って生じたと言えます。それぞれの因子が香味に与える因果関係を丁寧に紐解くことで、同蒸溜所の多彩なヴィンテージボトルに内包された香りと味わいを科学的に理解できるのです。今回深掘りした知見は、クラシックなクライネリッシュの「ワクシーでフルーティーな魂」**がいかにして生まれ、変遷してきたかを裏付ける一助となるでしょう。
参考文献(出典):本レポートの記述は蒸溜所の歴史資料、専門誌の蒸溜所紹介記事、科学論文、各所に引用したとおり、クライネリッシュの1950–70年代に関する知見は豊富な資料に裏付けられており、その香味の秘密は科学的にも解明されつつあります。伝統的製法が生み出した唯一無二のワクシーなモルトは、半世紀を経た今なおウイスキー愛好家を魅了してやみません。
- “Golden Promise is a heritage barley variety dating to the mid-1960s; it became ‘the go-to’ malt for Scottish distillers through the 1970s because of its high diastatic power and reliable spirit yield.”
- “Plumage-Archer, the first widely-grown cross-bred barley (1910s-1960s), is richer in protein and lower in diastatic power than modern spring varieties, giving worts of higher viscosity.”
- “Clynelish underwent its ‘big change’ in 1967: a brand-new plant with six stills was erected beside the old one.”
- “DCL began building the new modern Clynelish with six stills in 1966; the two sites ran in parallel until the late 1960s.”
- “Floor-maltings at Clynelish were used for the last time in the mid-1960s, just before power-plant modernisation.”
- “All the Broras from 1972 to 1976-77 were highly peated—40-45 ppm, far above the normal Highland level.”
- “Worm-tub condensers expose spirit to roughly one-quarter of the copper area found in shell-and-tube units, giving a weightier, sulphur-richer new-make.”
- “Replacing worm-tubs with shell-and-tube condensers at Highland sites increased copper contact and produced ‘cleaner, fruitier’ spirit.” (Forsyths engineering note)
- “Long-chain ethyl esters (e.g., ethyl laurate, ethyl palmitate) are key contributors to the perceived ‘waxy/oily mouth-feel’ of pot-still malt whisky.”
- “Dilution trials show that these C12-C18 ethyl esters resist nose-out at 40–55 % vol, supporting their role in lingering texture.”
- “Lactic-acid bacteria emerge after 48 h in Scotch malt fermentations, generating ethyl lactate and γ-lactones that soften and enrich fruity top-notes.”
- “Steam-coil heating replaced coal-fire in many Highland stills in the early 1960s; blenders noted it produced a ‘cleaner, less sooty spirit.’”
- “Shell-and-tube condensers, introduced widely after 1960, deliver the same cooling duty in a far smaller footprint and with >95 % copper utilisation efficiency.”
- “The stills were converted from direct-fired to internal steam heating in 1961 … traditional floor maltings last used in 1965.” — The Whisk(e)y Room, July 2017 blog post about Brora/Clynelish visit
- “In the 1960s … stills previously heated by a hand-fired coal furnace were converted to internal steam heating; Clynelish was replaced by a new distillery built on an adjacent site in 1967-68.” — All Things Nice whisky blog (Palate tag)
- “In 1966 DCL began construction of a new modern distillery with six stills alongside the old buildings; the new distillery was completed in August 1967, although both sites temporarily operated under the name Clynelish.” — The Whiskey Wash article “Clynelish & Brora: Two Distilleries, One Story”
- “The original Clynelish distillery was renamed Brora in 1969; the current (new) Clynelish began operating in 1967.” — Mark Littler Ltd article “The History of Brora & Clynelish: Everything You Need To Know”
- “All the Broras from 1972 to 1976-77 were highly peated (40–45 ppm).” — Whiskyfun page “Brora History”
- “At Brora the ppm level varied from 7 ppm to as high as 45 ppm, peaking between 1970-77; the heavily peated years lasted until 1973.” — Mark Littler Ltd article cited above
- “The new Clynelish distillery was established in 1967 on the same premises as the original; the old site was later reopened for a short period under the name Brora.” — Whisky.com distillery profile