——時代ごとの香味変遷と、原料、工程の特徴ーー
時代区分 | 代表的な蒸留年/主なボトル | 香味の骨格 (典型表現) | 原料・麦芽 | 主要工程のトピック | 熟成樽(蒸溜所公式)+ IB での例外 | 典拠 |
① 1950-1966 〈石炭直火 & 木槽期〉 | 1950・57蒸 OB10 y/G&M 1955‐63 | 分厚い薬用フェノール・タールにトロピカル/メロンが潜む | 100 %自家フロアモルティング(Kilbride ピート≈50-60 ppm) | ▸ 4基ワームタブ+石炭直火▸ 木製6基WB・発酵55 h | 1st-fillバーボン主体(Ian Hunter導入)※シェリーホグスはごく少量の輸送樽 | 石炭期写真「1924-1967 coal-fired」 /バーボン導入の経緯 |
② 1967-1973 〈スチーム加熱 & 拡張〉 | 1967 OB“Unblended”10 y/Samaroli 1967 15 y Sherry Wood | ヨード・クレゾール丸み+パッション/マンゴー増 | 自家麦芽≈70 % +外部麦芽30 % | ▸ 1967新スチルハウス:5→6基、蒸気加熱化、銅接触↑▸ 発酵60-70 h | 公式=バーボン樽専一(Bessie の方針)IBは樽替えやブレンダー在庫でシェリー熟成品が存在(Samaroli 1967 ほか) | スチル拡張・蒸気化 /Bessie“バーボンのみ”方針 /Samaroli 1967 Sherry Wood例 |
③ 1974-1989 〈Port Ellen Maltings 支配〉 | 1979-88 “Green Stripe”10 y | 強烈ヨード・海藻・タール、甘味抑制 | 外部麦芽≈80 %(Port Ellen 45 ppm) +自家≈20 % | ▸ ステンレスWB化進行・発酵72 h定着 | >90 % 1st-fillバーボン(樽再組成で甘さ補填) | 80 % Port Ellen 麦芽 /90 %バーボン比率 |
④ 1990-2003 〈Allied Domecq モダナイズ〉 | 1990s OB15 y/30 y | ヨード+バニラ/ココナツ(γ-ノナラクトン) | 大麦品種 Optic 等に更新、PPM維持 | ▸ マッシュタン更新・72 h発酵継続 | 1st-fillバーボン中心、リチャー樽使用増 | Allied 期の設備刷新・樽指向 |
⑤ 2004-2014 〈Wood Innovation〉 | Quarter Cask (2004)/Triple Wood(2010) | 薬用スモークを包む甘い焼菓子/樽スパイス | 自家20 % +Port Ellen80 % | ▸ 小樽 (125 L) 再熟成/Oloroso→バーボン逆転など多段カスク | Quarter Cask=ex-バーボン→125 LTriple Wood=バーボン→QC→Oloroso | QC導入2004 /Triple Wood樽構成 |
⑥ 2015-現在 〈Beam Suntory & 多彩カスク〉 | Lore (2016)、Cairdeas PX(2021) | 濃厚ピートにダークフルーツ/チョコが層状 | 自家≈20 % (同上) | ▸ ステンWB8基・発酵72 h▸ PX/マンサニージャ等でフィニッシュ多様化 | 基盤=1st-fillバーボン+多彩シェリー、リチャー樽 | 72 h発酵・自家20 %麦芽 /PX Cask詳細 |
補足 ― 蒸溜所 vs. インディペンデント・ボトラー (IB) のシェリー樽
- 蒸溜所公式(Bessie Williamson 1950s 以降の方針)
- 熟成の軸は一貫して アメリカンホワイトオークの 1st-fill バーボンバレル。
- シェリー樽利用は実験的バッチやフィニッシュに限定。
- バーボン樽比率は “90 %以上” と公式サイトで明言。
- IB/ブレンダー在庫
- 蒸溜後に樽替え(リラッキング)して シェリー熟成 に切り替える例が多い。
- 代表例:Samaroli 1967 15 y “Sherry Wood”(Duthie’s for Samaroli)。
- したがって 「60-70 年代ラフロイグのシェリー樽=ほぼ IB 由来」 という整理が正確。
テイスティングで追う「時代のサイン」
キーワード | 体感できる年代 | 化学的裏付け |
トロピカル/メロン × 濃厚薬用 | 1950-66 | 石炭直火 + ワームタブで硫黄還元物・脂質酸化産物が温存 |
マンゴー/パッション × 円やかピート | 1967-73 | 蒸気加熱・銅接触増でエステル強調、フェノール丸み |
純粋なヨード・潮・タール | 1974-89 | Port Ellen45 ppm 統一麦芽+長発酵72 h |
バニラ/ココナツの包み込み | 1990-2003 | リチャー/1stバーボンのラクトン抽出↑ |
焼菓子・キャラメル&多層スパイス | 2004-14 | Quarter Cask 小樽再熟成 |
PX チョコ & ドライフルーツの重ね | 2015- | 多彩シェリーフィニッシュ・ブレンド |
まとめ
- 1950年代から現在まで、ラフロイグは「泥炭フェノール × バーボン樽」を軸にしながら
熱源・麦芽供給・発酵時間・カスクマネジメントの変遷によって香味像を劇的に変えてきた。 - シェリー樽フレーバーを伴うヴィンテージの多くは 独立ボトラーが後段でシェリー樽へ移したもの。
- 上表を手がかりに、ボトルの蒸留年・ボトラー情報を照合すれば、 その香味がどの工程・樽設計から生まれたか を高精度で推定できる。
1. 現代ラフロイグの代表的な香味プロファイル
大分類 | 典型的な官能表現 | 主な化学ファミリー | 代表的化合物 | 香りの特徴 |
ピート・スモーク | 病院の消毒液/バンデイド(TCP)、タール、焚火 | フェノール類 | フェノール/o-・m-・p-クレゾール/グアヤコール | 灰・薬品・焦茶 |
ヨード/海藻 | ヨードチンキ、海水、潮風 | 臭素フェノール | 2,6-ジブロモフェノール | ヨード様・磯の香 |
甘いスモーク | バニラ、ココナツ、キャラメル | ラクトン/バニリン | γ-ノナラクトン/ウイスキーラクトン | ココナツ・熟した黄桃 |
隠れた果実 | 青リンゴ、洋ナシ、仄かな柑橘 | エステル | エチルヘキサノエートほか | さわやかな甘酸 |
2. 化合物の発生メカニズムと各工程
工程 | ラフロイグでの具体例 | 香味成分への影響 |
フロアモルティング & ピート乾燥 | 総生産量の約 20 % を自家製麦芽/アイラ島グレンマクリー泥炭を低温で 10–12 h 燻煙(残り 80 % はポートエレン製 45 ppm 麦芽) | フェノール 45–60 ppm,クレゾール,グアヤコールが麦芽に吸着。海藻由来の臭素がヨード様を強調。 |
糖化・発酵(約 72 h) | ステンレス製ウォッシュバック 8 基。低温スタート → 徐々に 20 °C 付近へ上昇 | 長時間発酵でエチルヘキサノエートなど中鎖エステルが増え、フルーティさを拡大。 |
蒸溜(3 洗 + 4 スピリットスチル) | 洗留釜 10 400 L ×3、狭頸スピリットスチル ×4。スピリッツカットを遅めに設定 | 狭く長いネックと低流量により銅接触を確保しつつ末尾フェノールを保持。薬用&海藻系と甘さのバランスが取れる。 |
熟成(1st-fill バーボン樽 ≈90 %) | 海沿いダンネージ&ラック式。平均エンジェルズシェア 1.8 %/年 | γ-ノナラクトン/ウイスキーラクトン・バニリンが抽出されココナツ-バニラの甘香を付与。海塩ミストと酸化で 2,6-ジブロモフェノールが生成しヨード感が増強。 |
クォーターカスク等の二次樽 | 125 L 小樽で再熟成 | 樽表面積比が大きく、短期間でラクトン・トースト香が加わり甘い焼菓子ニュアンスが現れる。 |
3. 主要フェノールと“病院”ニュアンス
フェノール類 | 香調 | 水中閾値 (µg L⁻¹) | ラフロイグ比率 | 生成起源 |
フェノール | 薬品、石炭酸 | 2 | 高 | 泥炭煙 |
o-クレゾール | バンデイド、リジン | 3 | 高 | 泥炭煙(低温燃焼) |
4-エチルフェノール | 煙・馬厩 | 22 | 中 | リグニン熱分解・後熟 |
2,6-ジブロモフェノール | ヨード、磯 | 0.03 | 400 ng L⁻¹ 超(調査例) | 海塩ブロモ化 + スピリッツ酸化 |
4. 香味全体を成立させる“設計図”
- 泥炭層位の選別 – 海藻混入泥炭で臭素・塩素源を確保。
- 低温・短時間燻煙 – 高フェノールながら焦げ臭を抑制。
- 長発酵 – エステルを厚く形成し、フェノールの硬さを甘酸で包む。
- 背の高い狭頸スチル & 低流量 – 軽いエステルを逃がさず、薬用フェノールを適度に残存。
- 海際バーボン樽熟成 – γ-ノナラクトンで甘香を付与し、海塩・酸素によってフェノールがヨード・海藻系へ緩やかに変化。
5. まとめ
ラフロイグのシグネチャーは 「濃厚な薬用スモーク+潮気+甘いココナツ-バニラ」。
泥炭煙由来のフェノール群と海由来臭素フェノールが核となり、長発酵で生まれるエステルとバーボン樽由来ラクトンが甘味を与え、海辺熟成によるヨード・塩味が重なることで唯一無二の風味が完成する。工程それぞれの役割が緻密に連携してはじめて、しばしば「焼けた病院の廊下」と形容される個性が生まれる。

