【ウイスキーを初めて飲む】
【ボトル選び-4 現行ボトルともう一つの壁】
【良いことも悪いことも知った上で選ぶ】
【1】初めてだからこそ、良い内容のものを飲んだほうがいいというのが、私の基本スタンスです。良いものを知っているからこそ、そうでないボトルにも優しくなれると考えています。しかもそれが「美味しくて」「当該ブランドのど真ん中直球」であればこの上なしです。
ただ、お酒に関しては「良いこと」だけを知っていくことでもいいのですが、それを取り巻く環境については、あまり良くないこと、はっきり言ってしまえば「悪しき傾向」に関しても、今から飲み始めるにあたって「予め」予備知識として持っておいたほうがいいのかもしれません。
本章は、あまり従前の本では書かれて来なかった、ウイスキーにまつわる「あまり良くない部分」に触れてみたいと思います。夢を壊すな、あまり知りたくないよという方は読み飛ばしてしまっても構いません。これまでのウイスキー本といえば「憧れ」づくりに徹した、夜の世界への幻想をうながすものが多かったですから、気に入らない方がいらっしゃってもおかしくありません。
ただ、個人的には予めそういうこともあると知っておいたほうが、反面教師的に現実を直視できるという部分と、せっかく真っ当なやり方をしている人たちが正当に評価されず、なにやら損をしているようなことになっている状況は、おかしいから改めようよという流れにつながればと願うからです。
【2】特にウイスキーに造詣が深い人から誘いがあったわけでもなく、たとえばBARのバーテンダーに「初めてウイスキーを飲む、シングルモルトを飲みたいんですけど、何かオススメありますか?」と聞いたとして、最初に出てくるのは現行の蒸留所オフィシャルスタンダードボトル(10年程度の熟成品)なのかもしれません。
推測するに、その確率80%以上。
その背景には、現行オフィシャルスタンダードの立ち位置として、蒸留所の今を最も標準的に物語るという役割があるからだと思います。
先に90年代中頃に、私がマッカラン12年で覚醒したという話をさせて頂きましたが、今現状を考えると、オフィシャルスタンダードは逆に「難しい」と思います。でも良いものを先に知って、そこから次に飲むことで、「よく出来ている」と評価することが可能なボトルはいくつかあります。
個人的にウイスキーの評価を、
80-84 標準的、悪くない
85-89 よく出来ている
90-94 かなり良い
95-100 自らのウイスキー飲酒史に残る
というふうな区分で記録していますが、85点を超えるボトルというと、そもそもの定義を10年12年クラスのどこでも買える汎用ボトルとすると、プルトニー12年、ボウモア12年、タリスカー10年、ラフロイグ10年、やや限定的でも本数の多いボトルまで範囲を広げると、グレンモーレンジアスター・ネクタドール、グレンドロナックカスクストレングス、ボウモアテンペスト、ラフロイグ10年カスクストレングスぐらいかなと思います。
ただそれらを初めて飲んだとして覚醒できるかというと微妙ではあります。当時のマッカランレベル(当時はそれが2980円であたりまえと思っていましたが、今の感覚でいうと88-90点はつけられる)かと言われると残念ながらそうとは言い切れません。加えてスタンダードがこれだから、デラックス(?)でも知れているとは思わないでいただきたいのです。
【3】【BARの壁】ではこれらをBARで飲むと考えてみましょう。やや穿った考え方かもしれませんが、申し訳ありません。
先のモルトBARのバーテンダーに「初めてウイスキーを飲む、シングルモルトを飲みたいんですけど、何かオススメありますか?」と聞いてオフィシャルスタンダードが出てくる確率が高いという話です。
どこでも苦労なく購入出来て、シングルモルトで言えば2千円から5千円程度。1本700MLでショット(1杯30ML)が23杯採れる計算になるわけですが、例えばチャージ(日本独自の慣習)込みで1杯1000円で売ったとして、1本あたりの総売上は2万3千円。どこでも入手出来て、利益率も高く、仕入れ値が安いので在庫リスクも低いと。オフィシャルスタンダードを出す理由として、そういう経営面の事情も加わっていておかしくはありません。
おまけに最近は1ショット30MLがまともに注がれることなく(値段で調整しているという建前のようですが)、全く手がかからない乾物を出すだけでチャージ料やサービス料を徴収して、BARだと言い張っているところもあります。本当に残念ですが、こういうお店が、洋酒・ウイスキーを「はっきりしない」「胡散臭い」ものにしてしまっているようにも思えます。
個人的には小児用のシロップ容器で一番多く使われるのが30ML瓶なので、日々ウイスキーの1ショット30MLってBARでまともに注がれることって少ないなぁと痛感するわけですが、皆さんも一度は調理用のメジャーカップなりで30MLを計りとって、ウイスキーグラスに入れてみてください。それで別にBARの人を非難しなくても、そういうスタンスなんだと、それでこの価格なんだと納得して理解して買うというほうがいいと思います。
お店が曖昧な商売であること自体が気に入らないとなったら、消費者側ではっきりさせるしかありません。そんな現状であっても、サービスにしてもトークにしても、お家で飲むよりも楽しいからいいと思えるならば、そのBARの利用価値を正当に受け入れたということにもなるのでしょう。
中には非常に市場で高価なボトルを、量を加減して飲みやすくしているBARも事実あります。貴重なボトルほど多くの人に飲んでもらいたいという意向もあるでしょう。(適切に味わえるために必要な最低量というものがあるとは思いますけども)ただどこでも買えるオフィシャルスタンダードにそれが当てはまるわけではありません。もちろん少しでも沢山の種類を飲んで欲しいという考えもあるのかもしれません。
要は飲み手側が、たくさん種類を飲みたいから少なめで、1杯ずつしっかりと見極めたいのでフルショットでと、ちゃんとオーダーすればいいのでしょうが、往々にして場の雰囲気に従ってスマートに構える方が多いのが現実でしょう。
最近お酒屋さんにもそういったBARと同様に曖昧なところがあって、さすがに量を誤魔化すようなことは1本売りである以上ないわけですが、商品説明を輸入業者の資料そのままにしているお酒屋さんも多くなり、またその輸入業者の説明内容が「現実とかけ離れている」ことも往々にして見受けられるようになってしまいました。(究極の桃だマンゴーだとか。)
何を信じていいのやら残念なことですが、初めてウイスキーを飲もうとして、それがスーパーでお肉を買う、お米を買うというような感覚では、なかなか通用しないということも事実としてあるということです。
そこに目がいって、ウイスキーはややこしい、胡散臭いと思われてしまうことが残念でなりませんが、別にウイスキー自身がそういう環境を築いたわけではありません。そこにまつわる人間がそうしてしまったのです。
特に飲食物を取り扱う業種では、自らが飲む食べるものを提供してもらうわけですから、そこに変なものを入れられたり、扱いをぞんざいにされても困ります。加えて日本人は控えめこそ美徳な文化で、特別扱いを好む傾向があるようなので、まずもって直接的な批判はしないですし、むしろプロ側に擦り寄る、祀り上げるところがあるようにも思います。
全てを許すというのか、曖昧にして改善されずという流れが断ち切れられずにいる背景にも、こうした部分が影響しているのかもしれません。
【4】【BARの壁-2】今はネットで検索すれば、当該のボトルがいくらで売られているかすぐに分かります。1本2千~5千円、23杯採れるものが1杯千円。これがどんないい環境、どんなサービスがあったとしても馬鹿くさいと思うようならば、最初から無理にBARに行かなくてもいいでしょう。
プロにはたしかに教えてもらえます。でもそれが経営に即したアドバイスなのか、そうでないのかという懸念がついてまわります。それを鵜呑みにして、本当にウイスキーを好きで居続けてくれるのか、正直不安も残ります。そもそも美味しいボトルを教えて欲しいと、内容が素晴らしく美味しいボトル(仕入れ困難)ばかりを求められては成り立たないとも言えるからです。美味しいものとセットで、そうでないボトルも飲んでもらわないと困ります。
必ずしも美味しくなかったとしても、飲む価値があるボトルというのは存在します。香味の幅を知るためです。でもそれらは良いものを十分に知ってから、比較に基づいて飲むのでなければ、最初からではウイスキーの典型像がこんなものかと擦り込まれかねません。
それだけにBARで飲み始めるならば、お店選びが肝要です。飲み初めの時点でそれを見極めるならば、それは置いてあるお酒では判別不能なわけですから、通常の飲食に求められる、当たり前のことを当たり前にやっているかどうか、嘘はないか、そこで判断するしか無いと思います。
そんなことは難しい、博打は避けたいという場合なら、ネットで多くの一般飲み手(プロでない)が率直なテイスティングコメントを公開していらっしゃいますので、そこで興味をそそられたボトルを自ら1本ずつ抱えていったほうがいいでしょう。自ずと価格に関する情報も記憶されますから、お店で飲む適正値というものがわかるようにもなります。
私自身、BARなどの飲食店の利用価値の最たるものは、多い種類のボトルを少量ずつ「つまむ」ことで、自らが知っている「当該蒸溜所の香味の幅」を広げることにあると思います。そこで気に入ったものを、後からボトルごと自分で買って、そこで最終的に納得する、そういう利用の仕方がいいというか、それしかないと思います。
どんな人気ボトルでも、数年経てば今は市場に出てくることがほとんどです。いますぐ買えなくても、中身を知っていれば、市場を眺めるときの事前知識としていいですし、ハズレを引くことも少なくなるでしょう。
情報交換だったり、会話だったり、バーテンダーさんがあなたにとって最大のYESマンだったとしても、酒を飲んでからの「わがまま」を嫌な顔せず受け入れてくれたとしても、NOと言わないことこそ「サービスの一環」なのであり、全てを真に受けて浮かれてしまうと、次章で書こうと思っている、飲み手側の「悪しき傾向」に足を踏み入れてしまうことにもなりかねません。
カクテル利用だったり、既に事情を知っているお店があったりするのでなければ、ある程度自分で買って飲んで、その感想を伝えられるようになって、それからでもBARに行くのは遅くはないと思っています。
【5】【飲み手の良くない進行パターン】そもそもウイスキーを只々凡百の「お酒のレパートリーの一つとして飲む」という方向性から、探求して行こうという段階に進もうと思うようになれば、1本丸々抱えて飲まなければ(1ショットだけでは)何もわからないと自ずと考えるようになるものです。
高アルコールなだけに、開栓してから揮発することで、特に注ぎたての印象は大きく変化します。美味しいウイスキーを”隅から隅まで”理解したい、探求したいと思うならば、少なくとも1本まるごと抱えることしかありません。
(**率直に美味しくないと思うボトルまで、隅から隅まで無理に堪能する必要はないとおもいます。ただそういうものもあるということだけ「知って」いれば十分です。後々のモチベーションに支障をきたすようなことは避けたほうがいいでしょう。)
ここでまた暗い話ではあるのですが、プロはよくボトルの飲み頃という表現をします。開栓後、揮発して後に残る成分というのは、分子量の多い、揮発性の低い成分が中心ですから、ウイスキーの場合、原石的な荒い部分が抜けて、人間にとって「甘い」と感じる要素が大きくなった状態を指すのかもしれません。
甘くなったら飲み頃というのは、先にも述べたライトなウイスキー層にとっては確かに受けがいいのかもしれませんが、美味しいものは”隅から隅まで”理解したいという感覚をもってすれば、甘くなる前も知らないと満足できないということになります。
相応の時間をかけて味わえば、その甘くなった飲み頃の部分も通過しますし、逆に飲み頃でない状態とはどんなものなのかも想像することは出来ます。そうです、想像でしかありません。結局飲み頃とはプロのサービスアピールであることが、1本1本のボトルに丁寧に決着をつけていく姿勢をもって初めて理解できるのです。飲み頃かどうかも比較の結果でしか確認できないのです。
今は最初の一杯の話、なんで今からこういう話をするのかと申しますと、特にBAR飲みから入った人に多く見られる、「避けて欲しいその後の傾向」を事前に知っておくこともいいかなと思うからです。
列記してみます。
ひとつ目が、ウイスキーボトル1本1本を、ショットで、あるいはハーフショットでしか飲んでいないにもかかわらず、次々に本数カウントのみ、著名ボトルを制覇することだけを自慢する「傾向」です。
ふたつ目が、ボトルを買っても開けることなく、持っていることだけを店なり他人に自慢してばかりいる「傾向」です。
みっつ目が、ホッパー(昆虫のバッタのように飛び回るの意)と呼ばれる、次々にBARをはしごして、ただ客で行ったにもかかわらず、人脈が出来たと勘違い、それを自慢してばかりいる「傾向」です。
よっつ目が、目の前にあるボトルには向き合わず、違うボトルの話ばかりする”ラベル酔い”「傾向」です。
いつつ目が、目の前のボトルの中身を語らず、蒸溜所の知識ばかりをうんちくする「傾向」です。
つづく