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1960年代蒸留:トーモア蒸留所の香味と化学成分・製法:詳細分析まとめ


トーモア蒸溜所(1960年代蒸留ウイスキー)詳細レポート

1. 香味特徴

1960年代に蒸留されたトーモア蒸溜所のシングルモルトウイスキーは、長期熟成や当時の製法に由来する独特の香味を示します。対象とする2つのボトルのテイスティングノートから、その特徴を見てみます。

Tormore 10年 “Pure Malt” (43%, オフィシャルボトリング, 75cl, 1970年代後期イタリア向け): 開栓直後は大人しくやや穀物感と古いボトル特有の紙っぽさが感じられますが、空気に触れると乾いたオレンジピールの香りや蝋燭の蝋のようなニュアンスが現れ、香りに厚みが出てきます。口に含むと度数以上に力強く、砂糖漬けのオレンジやアプリコットジャムの甘みが広がり、樹脂のようなほろ苦さと柔らかなタンニンも感じられます。フィニッシュは長くエレガントで、10年熟成ながらボディのしっかりした古典的モルトの風格を備えています。

Tormore 16年 1966/1982 (57%, サマロリ, シェリーウッド): シェリー樽由来の深い琥珀色。香りは力強く濃密で、湿った土やタバコの葉、クルミリキュール、ビターチョコレート、熟成肉、エスプレッソのような重厚なアロマが層を成しています。時間とともにモルソース(メキシコのチョコレートソース)のような旨味や出汁的な要素、さらに干し柑橘やレーズンといったドライフルーツの甘酸っぱさ、香木やポプリのような華やかな香りも顔を出し、複雑さが増していきます。味わいは極めて濃厚でドライフルーツやプルーンのシロップ漬け、極上のブラックコーヒー、海塩入りダークチョコの苦味と甘みが渾然一体となり、塩味が全体を引き締めています。加水すると更に旨味が引き立ち、レーズンやマンゴーのような果実、ハーブ、古いオロロソシェリー由来のランシオ香が顔を出し、息を呑むような奥行きと調和が現れます。フィニッシュは非常に長く、ミントの爽快さとスパイス、土っぽさがいつまでも続きます。総じて、1960年代蒸留のシェリー熟成モルトの持つ圧倒的な凝縮感とエレガンスを示す逸品です。熟練テイスターのコメントにもある通り、現代のシーズニング樽では再現困難な「昔ながらのシェリー」の影響が感じられます。

2. 製造背景

1960年代トーモア蒸溜所 ― 原料・工程・装置と香味への影響一覧表(情報源をサイト名で表記)

工程段階1960年代トーモアにおける技術的特徴代表的具体/補足香味プロファイルへの主な影響主な情報源(英字サイト名)
大麦品種50年代 Proctor / Zephyr → 60年代前半 Maris Otter → 1968 Golden Promise 導入。1966ヴィンテージは Golden Promise 以前の品種と推定Golden Promise はよりオイリーな口当たりを与えると報告麦油由来のワクシーさが増し、果実香を下支えScotchWhisky.com
キルニング(乾燥)当時のスペイサイドではライトピート乾燥が一般的。トーモアも僅かなスモークを帯びた麦芽外部モルティング由来の軽ピート仕様ほのかな煙香が厚みを与え、フルーティーさを補強ScotchWhisky.com
製麦・原料調達創業時から自社製麦なし。1967 Burghead など大型モルティングから麦芽供給サラディン箱/ドラム式機械製麦で安定したスペッククリーンなスピリッツ基調、ピートレベル抑制ScotchWhisky.com, Whisky.com
糖化(マッシング)ステンレス製マッシュタン+機械攪拌(改良ラウター)を採用細挽きグリストで効率↑、濁ったウォートがエステル生成を抑制フルーティーさやや減少、ナッティーさ増ScotchWhisky.com
発酵専用蒸溜酵母/50–60 h 長発酵。槽材:木→ステンレスへの過渡期酵母安定化で硫黄低減、長発酵でエステル↑洋梨・リンゴ系フルーティーさ、ミルキーな甘味ScotchWhisky.com, Whisky.com
蒸留 – 加熱方式創業時から 蒸気コイル間接加熱、直火焚きなし最新鋭設計で焦げ成分を回避クリーンでライト、硫黄系や焦げ由来の肉厚さ低減ScotchWhisky.com
蒸留 – 冷却器Shell & Tube コンデンサー、ワームタブ非採用銅接触面積大 → 硫黄除去効率↑すっきりフルーティーで雑味少ScotchWhisky.com
蒸留 – ピューリファイヤー全ポットスチルに Purifier 装備。1960–71 年は4基体制重成分を還流→軽やかで純度高いスピリッツ。1972に8基へ増設フルーティーさ強調、硫黄低減、酒質のクリーンさScotchWhisky.com, GoldenDramInvestments.co.uk, Wikipedia

1960年代当時のトーモア蒸溜所の生産工程について、原料から蒸留・設備まで技術的観点で解説します。当時はスコッチ需要拡大期であり、生産効率向上のための様々な変化が起こった時代でもあります。

原料(大麦品種・乾燥法): 第二次大戦後から1960年代にかけて、醸造用大麦の品種改良が進みました。1950年代は「プロクター」や「ゼファー」といった品種、60年代中頃には「マリスオッター」などが使われ、1968年には高収量品種「ゴールデンプロミス」が導入されています。当時の蒸留所は品種を香味目的ではなく収量重視で選んでいましたが、それでも品種差による副次的な風味差は存在し、例えばゴールデンプロミスは現代品種よりオイリーな口当たりを与えると報告されています。トーモア蒸溜所でも創業当初はこうした当時流通していた大麦を使用しており、1966年蒸留ロットではゴールデンプロミス以前の品種が原料だった可能性があります。乾燥(キルニング)について、1960年代のスペイサイドではピート(泥炭)による乾燥の比率が現在より高く、ごく低レベルながらピート香を持つモルトが一般的でした。トーモアも強いピートではありませんが、当時のモルトには僅かにスモーキーなニュアンスが残っていたと考えられます。


製麦・糖化: トーモア蒸溜所は創業当初から自前のフロアモルティング施設を持たず、他所で製麦されたモルトを購入して使用していました。これは当時の生産効率化の潮流に沿ったもので、1960年代には多くの蒸溜所が従来の床製麦を廃止し、大型サラディン箱やドラム式の機械製麦、あるいは共通の外部モルティング施設に切り替えています。トーモアの場合、近隣の大規模モルティング(例:1967年稼働のBurgheadモルティングなど)からピート香の少ないモルトが調達されていたと推測されます。糖化工程では、従来型のマッシュタンに加え攪拌ラックが導入され始めた時期です。1960年代の業界全体で、マッシュタンに機械攪拌羽根(改良ラウターシステム)を装備する動きが広がり、トーモアも創業当初からステンレス製マッシュタンと攪拌機構を備えていた可能性があります。攪拌装置により細かく粉砕したグリストで迅速に仕込みできる反面、濁ったウォート(麦汁)になりやすく、これが発酵生成エステルの低下を招くことが後に判明しました。実際、旧来のパドル式攪拌では目詰まりを避けるため粗い粉砕しかできず清澄な麦汁が得られ、それによって発酵中により多くのエステル類が生成していたのです。1960年代当時は原因が特定されていませんでしたが、1980年代にTatlock & Thomson社の分析によって濁った麦汁が果実様エステル減少を招くと報告されています。


3. 成分分析(香味に寄与する化学成分)

ウイスキーの香味は、アルコール(エタノール)や水以外に含まれる微量成分(コンジナー)によって形作られます。モルトウイスキーには数百種に及ぶ芳香成分が含まれますが、主な化学的カテゴリとしてはエステル類、アルデヒド類、フェノール類、有機酸類、硫黄化合物、ラクトン類、テルペン類、タンニン類などが挙げられます。1960年代のトーモアの香味を理解するため、特に重要と思われる成分群について解説します。

エステル類: エステルはウイスキーの芳香成分中で量的に支配的であり、フルーティーな香りの主要因です。エタノールなどアルコールと有機酸が酵母の酵素作用で結合して生成するもので、発酵の盛んな時期に産生されます。代表例として、リンゴや洋梨様の青い果実香を持つエチルヘキサノエート(C6)やエチルオクタノエート(C8)、バナナ香の酢酸イソアミルなどがあり、これら中鎖エステルがモルトウイスキーの芳香を彩っています。一般に発酵が長くゆっくり行われ、麦汁が清澄なほどエステル生成量が多くなりますが(セクション2参照)、トーモアのように60年代当時比較的クリアで長発酵のモルトはエステル由来の甘い果実香に恵まれていたと考えられます。

フェノール類: フェノール類はベンゼン環+ヒドロキシ基を持つ化合物群で、由来によって香りが異なります。泥炭乾燥由来のフェノール(フェノールそのものやクレゾール類など)はスモーキーで薬品のような匂いをもたらします。一方、樽材のリグニン由来のフェノール(例えばガイヤコールや4-ビニルグアイアコール、オイゲノールなど)はトーストやチャーによって生成し、スモーク香(燻製のような香ばしさ)やクローブのようなスパイシー香、バニラ様の甘い香りを与えます。トーモアはヘビーピートではないためフェノール濃度自体は低く、ピート由来のフェノールはごく微弱でしたが、微かに感じられる煙香や、シェリー樽由来の微かなウッディスモーク/スパイス香にフェノール類が寄与しています。特に1966年シェリー樽熟成では、樽内面のチャー(焦燥)から生成したと考えられるオイゲノール(丁香(クローブ)様の香り)やシリンガオール(ほのかなスモーク香)が複雑さを付与した可能性があります。

硫黄化合物: 発酵過程では酵母由来で硫黄を含む成分(ジメチルスルフィド=DMS、硫化水素H₂S、メルカプタン類など)が生成することがあります。これらは高濃度だと野菜臭やゴム様のオフフレーバーとなります。蒸留時に銅との接触により多くの硫黄化合物は中和・除去されますが、冷却効率が低いワームタブ使用時代のウイスキーには肉っぽい硫黄系ニュアンスが残ることがありました。トーモアは当初から銅管コンデンサーとピューリファイヤーで硫黄成分を徹底的に排除していたため、新酒時点では非常にクリーンです。加えて熟成中に樽材中のタンニンが硫黄化合物と反応し、それらを減少させる効果もあります。そのため16年熟成のボトルでも不快な硫黄臭は感じられず、むしろ適度な「焦げたマッチ」のようなニュアンスがシェリー樽由来のアクセント程度に現れているのみです(サマロリのテイスティングコメントでも硫黄ネガティブは指摘されていません)。適度な硫黄由来香気成分は旨味や複雑さ(出汁やトリュフのようなニュアンス)に貢献する場合もあり、長期熟成モルトにおいては微量残存した硫黄化合物がプラスに働くこともあります。

脂肪酸類: 発酵中に酵母は中鎖の脂肪酸(C6~C12程度のカルボン酸)を生成します。例えばカプリル酸(C8)やカプリン酸(C10)などで、発酵条件によっては醪中に蓄積しうる成分です。遊離の脂肪酸自体は高濃度だとロウや油脂のような重い香味や酸敗臭(乳酸菌飲料様の酸味)を与える可能性があります。しかし多くの場合、これら脂肪酸はエタノールと反応してエステル類(エチルカプリル酸エステル等)となり、結果として果実や花の香りに変化します。長発酵では脂肪酸も多く生成しますが同時にエステル化も促進されるため、古い製法のモルトはオイリーさとフルーティーさが両立しやすくなります。トーモア10年オフィシャルに感じられた蝋燭の蝋のような香りや口当たりのオイリーさは、脂肪酸由来の風味がエステル化しきらず若干残存したか、あるいはボトル長期熟成(OBE: Old Bottle Effect)でエステルが部分的に加水分解して脂肪酸を再び遊離した結果とも考えられます。

長鎖アルデヒド類: アルデヒドは一般に発酵中や樽内熟成中の酸化反応で生成する化合物です。特に炭素鎖の長いアルデヒド(ノナナール(C9)、デカナール(C10)など)は閾値が低く香りに影響しやすいものの一部は熟成中にさらに酸化されて酸や他物質に変化します。モルトウイスキーではバニラの香り成分であるバニリン(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンズアルデヒド)や、アーモンド様のホワッとした香りのフルフラール(2-フラルデヒド)など、樽由来のアルデヒドが重要です。欧州産オーク由来のシリンガアルデヒドやコンフェリルアルデヒド(それぞれシリンガオール、グアイアコールに転化)も微香として寄与します。一方、長鎖アルデヒドは古いウイスキーの「ワクシー(蝋っぽい)」香や古びた木のようなニュアンスに関与すると言われます。これは脂肪酸が酸化分解してアルデヒドを生むことや、ボトリング後の長期瓶内熟成でアルデヒドが蓄積するためです。実際、非ピートの古いモルト(例:古いロットのクライヌリッシュやトーモア)で感じられる蝋燭や磨き上げた家具のような香りは、微量の長鎖アルデヒドやその関連化合物に起因する可能性があります。1966年蒸留の16年物にも、ランシオ香の一部としてこれらアルデヒド由来の古酒特有の甘い古木香が背景に感じられます。

以上のような成分が相互に関与し合い、トーモアの香味を構成しています。主な香味成分カテゴリとその例・香りへの寄与を表1にまとめます。

4. 熟成樽の種類・材質・サイズとその影響(特にシェリーウッド)

シェリー樽 vs. バーボン樽 ― 材質・サイズと香味への影響一覧表(1960年代トーモアの事例を中心に)

観点・ファクターSherry Cask(欧州産オーク Q. robur / Q. pyrenaica)Bourbon Cask(米国産ホワイトオーク Q. alba)1966 Tormore 16 yo / 1970s Tormore 10 yo に現れた典型的風味主な情報源(英字サイト名)
主要抽出成分リグニン由来スパイス(オイゲノール等)と渋味タンニンが多く、ラクトンは少なめcis-/trans-Oak Lactone が豊富 → ココナッツ・バニラ様の甘香が強い16 yo:クローブ&シナモン、濃厚レーズン/プルーン10 yo:軽いバニラ、ハチミツ、穏やかなココナッツWhiskyScience.blogspot.comWhiskipedia.com
シェリー成分浸透シェリー酒(15–18 %vol)滞留で樽材に糖・酸・ポリフェノールが深く浸み込む影響なし(バーボンは蒸留直後に樽詰め・高強度)16 yo:フルーツケーキ、黒糖、ランシオ香10 yo:シェリー系甘味は控えめLustau.es
使用回数による影響減衰2nd-fill でも初回の ~50 % の香味寄与を維持2nd-fill で 25–30 % まで低下16 yo:良質 1st/2nd バット → 16 年でも力強いシェリー感10 yo:リフィル主体で色・香味とも穏当WhiskyMag.com
タンニン & 色調ガロタンニン・エラジタンニンが豊富 → 色濃く、渋味とスパイス感を付与比較的タンニン少 → 色は明るいゴールド、渋味控えめ16 yo:ダークマホガニー色・濃密テクスチャー10 yo:アンバー〜ライトマホガニーWhiskyScience.blogspot.com
パクサレット処理(~1995 禁止)濃縮シェリーエキスで糖分・色を補強(1960s–80s 可)該当なし16 yo は自然オロロソと判断(過度な人工甘味なし)ScotchWhisky.com
樽サイズ標準 Sherry Butt ≈ 500 L接触面積/容量比が小さく長期熟成向きHogshead ≈ 250 L, Barrel ≈ 200 L抽出が早く短期熟成向き16 yo:500 L バットでじっくり熟成 → 奥行きある香味10 yo:ホグスヘッド系の軽快なウッディ感WhiskyMag.com
典型的テイスティングノートドライフルーツ、コーヒー、ビターチョコ、熟成肉、スパイスバニラクリーム、蜂蜜、ココナッツ、トーストオーク16 yo:土・タバコ・ダークチョコ・ウォルナッツ10 yo:オレンジピール、蜜蝋、洋梨、ソフトスパイスWhiskyFun.com
総合評価長期熟成で重厚・複雑、色濃く旨味深い。「1960s Tormore 16 yo」に顕著軽快で甘やか、バニラ主体。「1970s Tormore 10 yo」はリフィル要素で穏当シェリー樽:リッチ&スパイシーバーボン樽:スイート&バニリックWhiskyMag.com|WhiskyScience.blogspot.com|Lustau.es

  • “主な情報源” はウェブサイト名のみ(英字)で統一しています。
  • Sherry Cask 列は欧州産オーク+シェリー輸送樽由来の特徴を想定。Bourbon Cask 列はアメリカンオーク+バーボン一次使用樽を前提としています。
  • 風味記述は本レポートの対象ボトル(Tormore 16 yo 1966 Samaroli/Tormore 10 yo Pure Malt)に基づく代表例です。

ウイスキーの風味は熟成に使用される樽によって大きく左右されます。対象ボトルのうちTormore 16yo 1966/1982シェリー樽で熟成された原酒であり、その香味にはシェリー樽由来の特徴が色濃く現れています。一方、Tormore 10yo Pure Maltは詳細な樽情報は明示されていないものの、色合いと風味から察するにリフィルのシェリー樽やバーボンホグスヘッドを中心にヴァッティングされていると考えられます。以下、シェリー樽の特性と熟成への影響を中心に解説します。

樽の材質(米国産オーク vs 欧州産オーク): シェリー樽とは元来スペインのシェリー酒の熟成や輸送に使われた樽で、多くはヨーロッパ産オーク(スパニッシュオーク、学名Quercus roburやQ. pyrenaica)が材質です。一方、バーボン樽は米国産ホワイトオーク(Quercus alba)製です。欧州オークはアメリカンオークに比べリグニン由来のスパイシーな成分やガロタンニン・エラジタンニンなどの渋味成分が多く含まれる一方、ラクトン類(ウイスキーラクトン=β-methyl-γ-octalactone)は少なめです。米国オークは豊富なラクトンによりココナッツ様の香りやバニラ香が強く出る傾向があります。シェリー樽熟成のウイスキーでは、バニラや椰子のような甘い樽香よりも、オーク由来のスパイス香(クローブやシナモン)やドライフルーツ様の香味が強く感じられるのはこのためです。実際、1966年シェリーウッド16年には、クローブに似たスパイスや濃厚なレーズン・プルーン香など、欧州オーク+シェリー由来の特徴が顕著でした。

シェリー由来成分の樽への浸透: シェリー酒はアルコール度数約15〜18%とウイスキーの原酒より低いため、樽からの抽出力が穏やかです。その代わりシェリーが長期間樽内に滞在することで、ワイン中の成分(糖分、有機酸、ポリフェノール類)が樽材に深く染み込み蓄積します。20世紀中頃までシェリーはボトル詰めされず樽ごとイギリス等に輸出されていたため、何年もシェリーを内包したまま輸送・保管された輸送樽が大量に発生しました。それらの樽はシェリーの風味を十分に含浸しており、ウイスキーを熟成させるとシェリー由来の甘みや芳香が明確に移ります。例えばシェリー由来の糖分がカラメルのような甘い風味を与え、酸とポリフェノールは熟成後のウイスキーにナッツやドライフルーツ、紅茶のようなニュアンスをもたらします。1960年代当時はちょうどシェリー輸送樽が豊富に存在した時代であり、今回の1966年蒸留原酒も本物のオロロソ・シェリーの風味が染み込んだシェリーバットで熟成された可能性が高いです。そのため、500年もの古いオロロソを思わせるような濃厚さが香りに感じられ(テイスターのコメント)、現代のシーズニング樽にはない重厚な“シェリー感”が演出されています。

シェリー樽の熟成影響と経年: シェリー樽由来の典型的な香味は「フルーツケーキや干し葡萄の風味、リッチな甘み」と表現され、バーボン樽由来の「バニラや蜂蜜様の軽い甘み」と対比されます。またシェリー樽の影響は繰り返し使用しても比較的保たれやすい点も特徴です。表2に示すように、ある研究ではシェリー樽は2回目の使用でも初回の約50%程度の風味成分をウイスキーに与えるのに対し、バーボン樽は2回目で25〜30%程度に低下すると報告されています。これは、バーボン原酒(62.5%前後の高強度)によって一度目で樽成分が多く抽出され尽くすのに対し、シェリー(約17%)では抜け残りが多くウイスキーの熟成時にも尚成分を供給できるためです。言い換えれば、シェリー樽は一度使った後も香味ポテンシャルが高く、長期にわたりモルトに深い影響を与えるということです。今回のサマロリ16年が16年という比較的長期熟成でなお強烈なシェリー風味を保っているのも、ファーストフィルあるいはセカンドフィル程度の良質なシェリー樽だったからでしょう。なお、シェリー樽熟成では樽由来タンニンも豊富に溶出し、色の濃さや渋み、スパイス感にも寄与します。適度なタンニンはボディに厚みと複雑さを与え、また硫黄系成分を吸着除去してくれるため(前述)、シェリー樽で熟成された古いモルトに雑味が少ない一因となっています。

パクサレット処理: 補足ですが、1960年代当時、一度シェリーを抜いた樽を再利用する際には「パクサレット」と呼ばれる濃縮シェリーエキスを樽内に塗布して風味を補強する慣行もありました。パクサレット処理されたシェリー樽で熟成されたウイスキーには、レーズンシロップのような濃厚な甘みや黒砂糖の風味が付与されました。この手法は1995年に禁止されましたが、1960年代~80年代前半には合法だったため、当該16年ボトルの樽がリフィルであればパクサレット使用も考えられます。もっともテイスティングノートから判断すると、自然なオロロソ由来と思われる複雑さであり、人為的な甘味付与の痕跡は感じられないため、ファーストフィル樽だった可能性が高いでしょう。

樽サイズ: シェリー樽とバーボン樽では容量も異なります。シェリーバットは一般的に500リットル程度と大きく、アメリカンオーク製のホグスヘッドは250リットル、バーボンバレルは200リットルです。大きな樽ほどウイスキーとの接触表面積比が小さくなるため、同じ期間でも樽からの成分抽出は穏やかで熟成には時間を要します。しかしその分、長期熟成に耐えて複雑な熟成香を蓄積しやすい利点があります。16年シェリーウッドの場合、500L級のシェリーバットでじっくり熟成されたことで、急速な樽材抽出による渋み過多にならず、長期反応で得られるランシオ香や馴染んだ深みが備わったと考えられます。対して10年の方はホグスヘッドやシェリーバットのリフィルだった可能性があり、10年という比較的若さでも程よい樽感(アンバーがかった色調)が付与されています。

まとめると、1960年代蒸留のトーモアを語る上でシェリー樽熟成の影響は極めて重要です。良質なシェリー樽で熟成されたモルトは**「フルーツケーキのようなリッチな甘味、熟成肉やナッツの旨味、ブラックコーヒーやビターチョコのような苦味」といった重厚な香味プロファイルを示し、それは本ボトルのテイスティングからも確認できます。一方で同蒸留所のノンシェリータイプは「洋梨やメロンのような柔らかなフルーティさと滑らかな口当たり」**を持つとされ、今回の10年ボトルにもオレンジやハチミツのような穏やかな甘みが感じられました。シェリー樽とバーボン樽、それぞれの特徴を正しく理解することで、トーモア蒸溜所モルトの多彩な表情をより深く味わうことができます。

5. ボトル仕様

本節では、対象ボトル2点のボトル仕様について、容量、アルコール度数、輸出元(ボトリング企業)、ボトリング時期、キャップ形状、輸出国(販売市場)、ラベルデザインなどの観点から詳述します。提供いただいたボトル画像に基づき、それぞれのディテールを確認します。

図1: Tormore 10年 “Pure Malt 100%” オフィシャルボトル(43% ABV, 75cl, イタリア向け). 1970年代後期にイタリアの酒商ドレール社(Dreher S.p.A.)向けに出荷された10年熟成公式ボトル。

図2: Tormore 16年 1966蒸留 サマロリ “シルバーキャップ” (57% ABV, 75cl). 1982年にイタリアのインディペンデント瓶詰業者サマロリ社がボトリングした16年熟成シングルカスク(シェリー樽)

6. 表・グラフによる視覚的整理

以下に、本レポートで解説した内容を補足・整理するための図表を示します。

表1: 1960年代蒸溜モルトウイスキーの主要香味成分とその特徴

成分カテゴリ主な例香味への寄与
エステル類エチルヘキサノエート(C6)、酢酸イソアミル など青リンゴや洋梨、バナナのようなフルーティーで甘い香り。酵母発酵中に生成し、長発酵や清澄な麦汁で増加。
フェノール類フェノール、グアイアコール、オイゲノール などピート由来フェノールは煙たく薬品的(消毒液様)。樽由来フェノール(オイゲノール等)はクローブやバニラのようなスパイス甘香。微量でも香りに影響し、ピート香や熟成樽香の要因。
硫黄化合物硫化水素(H₂S)、ジメチルスルフィド(DMS) など高濃度ではキャベツ臭やゴム臭などオフフレーバー。蒸留中の銅・熟成中のタンニンによって大部分が除去・減少し、適度な微量成分は旨味や複雑さに寄与。
脂肪酸類オクタン酸(C8)、デカン酸(C10) など遊離のまま高濃度存在すると油脂的・蝋様の重い風味や酸敗臭の元。多くはエタノールと反応してエステル化し果実様香気に転化するため、結果的にフルーティーな要素として現れる。
長鎖アルデヒド類ノナナール(C9)、デカナール(C10) など熟成中の酸化で生成しうる成分。古いウイスキーの蝋燭や家具のワックスのような独特の香気に関与するとされる。樽由来のバニリン(バニラ香)やフルフラール(ナッツ様香)等の低分子アルデヒドも重要。

表2: バーボン樽とシェリー樽における熟成影響度の比較(樽の使用回数別)

樽の使用回数バーボン樽の影響度 (初回比)シェリー樽の影響度 (初回比)
1st フィル100% (基準)100% (基準)
2nd フィル約25〜30%約50%
3rd フィル約10%約15〜20%
4th フィルごく僅か (~5%未満)約10%

(注記: 上表は12年熟成相当で樽を交換した場合の一般的傾向を示す。一度使用したシェリー樽は再度使用してもなお高い風味成分を供給するのに対し、バーボン樽は2回目以降急激に樽香が減衰することが分かる。)

7. 出典


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